frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
花と野分
ヒロさん、お誕生日おめでとう!
2017.11.22 投稿
日が暮れるのが早くなった。
パソコンの画面から顔を上げて視線をやった窓に自分の顔が映りこむ。
まだ夕方くらいだと思っている間に窓の外はすっかり暗くなってしまっていた。
風に震えている木の枝も、窓をうつ風もやけに寒々しい。
秋をすっ飛ばしたかのような天気にうんざりしているうちにカレンダーの上でも冬は目の前まで来ていた。
「さてと」
誰に言うでもなくそう口にして立ち上がり作業のきりをつけた。大学の仕事なんてものは正直終わりがない。講義の準備や学生の指導はもちろん、自分の研究に関しては特にそうだ。だからこそ自分で決めたその日の仕事を終えたら、帰り支度をするように意識するようにしていた。
たとえ帰ったところで待っている人がいないとしても。
洗い終えたマグカップをしまう。コートを着て、鞄を手にしたタイミングで隣の宮城教授の研究室からズズン、と鈍い地響きがした。
激しくイヤな予感がする。
しかし、聞いてしまった以上は助けに行くのが部下の勤めというものだろう。
自分の研究室を出て隣のドアを開けた俺は目の前に広がる景色にため息をついた。
「上條〜いいところに〜」
樹海の一角が雪崩を起こしたらしい。床一面に広がる資料の海の中で研究室の主である宮城教授が溺れている最中だった。
「またですか」
「あっ、探してた本が出てきた!ラッキー」
「探していないものまで転がり出てますよ!」
足元に転がりながら広がった巻物を拾い上げて巻き直していく。宮城教授の研究室は自分の部屋と同じ広さのはずなのに闇雲に積み上げられた様々な本とあちらこちらに押しこめた巻物のせいで足の踏み場がないくらい狭苦しくなっている。そのせいでもっぱら俺の研究室に入り浸っているわけなのだが、あの理路整然とした論文がなぜこんなに片づいていない場所から産まれるのか、つくづく不思議でならない。
げほげほと咳きこみながら舞い上がった埃を外に逃がそうと窓を開けた。
冷たい風が入りこんでくる。
「すっかり寒くなったよなぁ」
「煙草を吸ってる場合じゃないでしょう」
「1本だけだって」
壁に貼られたカレンダーを見ながら煙草を出した教授は、ライターを探して今度は机の引き出しをひっくり返し始めた。
「そういや今日はいい夫婦の日なんだってな。新婚の田中先生、急いで帰らないといけないのに会議入ったってぼやいてさー」
「会議も仕事のうちでしょう」
話を聞きながら床に落ちていた本を集めていた俺の肩を教授が突然掴んだ。
「上條、お前何してんだ」
「何って教授の本雪崩のせいでしょうが」
「ここはもういいから早く帰れ」
「二人で片づけたほうが早いですよ」
床の上にはまだいくつもの貴重な資料が散らばっている。しゃがみこんで拾っていた俺の腕は宮城教授にしては珍しくやや乱暴な仕草で引っ張られた。
「車で送っていってやる」
「えっ?!」
俺はそのまま教授に引きずられるように荒れた研究室を後にした。
♢♢♢♢
「どうしたんですか?」
有無を言わさぬ態度に押されるようにして車の助手席に乗せられ、自宅に向かいながらも、教授の行動の理由がわからずに問いかける。
「お前なぁ」
ため息まじりにステアリングを切られても、わからないものはわからない。そうこうしているうちに渋滞につかまることもなく自宅マンションの見えるところまで来ていた。
「確かこの辺だよな?」
「はい。そこで降ろしてもらえれば・・・」
車を停める場所を探してマンションの前へとやった視線の先には見覚えのある車が停まっている。後ろにつけるように停めた教授の車から降りた俺を待っていたかのように先に停まっていた車の運転席のドアが開いた。
「お前、何してんだ?」
ロングコートを着て、高級車の横に立った秋彦の姿はまるで何かの撮影でも始まるかのようだ。秋彦自身は全く目立っている意識がないのは知りつつ毒づいたが、当の本人は俺が降りた車の方を気になる様子で見つめている。
「・・・誰だ?」
「職場の上司だよ」
「ああ、例の教授か。弘樹、お前まさか毎日送ってもらってるわけじゃないだろうな」
「今日はたまたまだよ。ンなことよりお前こそこんなところで何を」
「届け物だ」
「届け物?」
秋彦の車のドアが開く。そこから降りてきたのは、最も予想していなかったヤツだった。
「ヒロさん!」
人はありえないものを見ると固まる、という既に経験済みなこの体験をもう一度することになるとは。
立ち止まったままぐるぐると回る思考は空回りし続けている。
いったいどういうことなんだ?
秋彦は俺の幼なじみだし、野分は俺の、その・・・恋・・・人・・・なわけだから、秋彦も野分も俺にとってはごく親しい間柄だけれども、その二人が俺のいないところで一緒に?
いつのまにかそんなに仲良くなっていたっていうんだよ。
そもそも俺抜きで何の話をするんだろうか。野分のやつ。
何がおきているのか理解できずにいる俺に対して、野分はいつもの笑顔で駆け寄ってきた。
「おかえりなさい」
まるで自宅の玄関の中ででもあるかのように自然に距離をつめてきた野分は手に大きな薔薇の花束を抱えていた。
やっぱり野分には花がよく似合う。
学生時代。まだつきあい始めて間もない頃。こいつが花屋で仕事をしている姿を見るのが好きだった。微笑みながら花を世話する野分を俺は飽きることもなく何時間でも眺めていられた。
本人にバレていたことも知らずに楽しみにしていたあの時間が蘇る。
「ヒロ、さん?」
変装とストーカーという黒歴史までセットになっている昔のことを一気に思い出していた俺は、ぼんやりと野分のことを見つめてしまっていた。
ここがマンションの前の公道だということも忘れて。
「上條〜、明日は休んでいいからなー」
揶揄うような声に我にかえる。
「明日は元々休みです」
「そうだったな。まあ何はともあれ、誕生日おめでとさん」
ニヤニヤと笑いながら手を振る教授に、無理やり早く帰宅させられた訳をようやく察する。
走り去って行った教授の車に律儀に頭を下げている野分をそのままに、運転席に戻った秋彦の元へと俺は駆け寄った。
「秋彦、何で野分と一緒だったんだよ」
「そのへんの話は彼から聞いてくれ」
「おい!」
「誕生日おめでとう、弘樹」
返事をする間もなくパワーウインドウがするすると閉まり、低いエンジン音を残して秋彦の車も走り去って行った。
♢♢♢♢
二人っきりでマンションのエレベーターに乗りこむ。
野分の持っている瑞々しい花の香りが狭い空間をあっという間に満たしていく。
「いいもんだな」
「え?」
思わず口から漏れた本音を拾われて、恥ずかしさから急いで話を変える。
「それよりお前、何で秋彦と一緒にいたわけ?」
「偶然花屋で会って」
「バイトしていたあの花屋か?」
「はい」
自分たちのフロアに着いてエレベーターから降りても花の濃い香りはついてくる。
「あいつも変わったな」
他人を車に乗せる秋彦なんて、想像もつかない。
「多分、俺がすごく急いでいたからだと思います」
玄関のドアを開けて入るとふんわりと美味そうな匂いが流れてきた。
「お前、今日早く帰ってたのか?」
「はい。いい夫婦の日だからって早く帰らせてもらえました」
「誰と誰が夫婦だってんだよ」
「もちろんヒロさんと俺です」
「お前、職場でおかしなこと言ってねぇだろうな」
「大丈夫ですよ」
自信満々な笑顔に不安が募り、これから病院に行くときにどんな顔して行けばいいのかと頭を抱えたくなった。
「それにもちろん」
リビングのドアを開けると俺の好きなものばかり並んだテーブルが見えた。
「すげぇな」
「今日は特別な日ですから」
薔薇の花束が恭しく差し出された。
「ヒロさん、お誕生日おめでとうございます」
「おう」
「ずっと好きです」
長い腕が巻きついてくる。俺は薔薇を持ったまま、野分の広い背中に腕をまわした。
大好きな野分の匂いと薔薇の甘い香りの中で口づけをした途端、ぐう、と腹の虫が鳴った。
どちらからともなく笑って唇を離す。
「・・・とりあえず飯にしようぜ」
「そうですね。すぐ食べられますよ」
「花はどうする?」
「あ、花瓶があるんでそこに」
俺から受け取った花を手にキッチンの方へと向かった野分が、くるりと振り返った。
「そうだ、せっかくだからお風呂に入れて薔薇風呂は」
「却下だ!却下」
「残念です」
誕生日だからといってこれ以上甘ったるくされてたまるかと口元を引き締めながら座った食卓は揃いの食器ばかりが並んでいる。
まったく、どこの新婚夫婦だってんだよ。
もうとっくに甘々でバカップルな生活になってしまっているような気がする、けれど。
立ち上がって指輪の入った箱を持ってくる。
「幸せです」
揃いの指輪をつけて笑う野分の顔を見ることができる時くらいは、それも悪くないと思った。