frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
sweet time
#ハロウィンなエゴお題交換会 にて
私に当たったのは「飴」でした。
2017.10.
帰宅する人の波に押し出されるように駅から歩き出せばショウウインドウを照らす明かりと色づいた街路樹の葉に柔らかく彩られた街並みには季節外れの風が冷たく吹きつけていた。まだ秋は始まったばかりだというのにすれ違う人の中にすでにはダウンコートを着ている姿もちらほら見える。弘樹もまた今朝クローゼットから出したばかりのコートのポケットに手をつっこんでぶるりと震えた。
ここ数日の急な冷えこみに、大学でもマスクをかけている学生が増えている。病院も忙しいだろう。だから、きっと。
(今日も野分には会えないだろう)
自分自身に言い聞かせるように胸の内で呟く。すれ違うことの多い生活には慣れたつもりでも、寒い日はことさら野分のあの笑顔が見たくなるのはどうしたものだろう。ぼんやりとそんなことを思いながら歩道に落ちた金木犀の花を踏みしめていると、後ろからクラクションが聞こえた。
眉をひそめて足を止めた弘樹の横に磨きこまれた車が滑らかに停まり、曇り一つないパワーウインドウがゆっくりおりた。
「弘樹」
車の窓から煙草の香りとともに現れた秋彦の表情はくまもなく、どうやら修羅場というわけではなさそうだ。
「ちょうどよかった。今からお前の家に行こうと思ってたところだ」
「何の用だよ」
「まあいいから乗れ」
前に乗っていた車ほど派手じゃないとはいってもいわゆる高級車には変わりなく、そもそも運転している本人が目立ちすぎる。人通りの多い場所にいつまでも車を停めさせておくわけにもいかず、うながされるまま助手席に乗りこんだ。
「お前に渡したいものがあってな」
渡された紙袋を覗きこむ。中にはハードカバーの本と小さな瓶が1つ入っている。
「今日出た新刊だ」
「無事に出たんだな」
執筆に煮詰まって研究室に逃げてきていたこの本も、今ごろ本屋で平積みされているということか。
(よかった)
口には出さずに新刊の凝った装丁を指先で撫でてから、一緒に入っていた瓶を取り出した。
「おい、これはなんだ?」
およそ秋彦らしくない可愛らしい瓶だった。手のひらに乗るサイズでぽってりと厚みのあるガラスの瓶はアンティークのような趣きがあり、貼られたラベルにはヨーロッパの絵本に見るような魔女が描かれている。コルクで栓をされた中にはきれいな琥珀色の粒が転がっている。
「飴か?」
ラベルに書いてある文字はやけに装飾的で読みにくく、どこの国の言葉かもわからないくらいだが、大きさからみておそらくキャンディの類だろう。
「ああ。お前にぴったりだと思ってな」
甘いものに興味のない秋彦からの贈り物にしては意外だったが、忙しい中、自分のために選んでくれたのかと思い、素直に受け取ることにした。
「悪ぃな」
マンションの前まで送ってもらい、礼とともに紙袋をひょいと掲げる。
「草間くんと一緒に食べるといい」
去り際、車の窓越しに見えた秋彦の顔が笑っていたように思えたのは気のせいだろうか。
少しいつもと違う幼馴染の様子を訝しんだものの、冷えた風に背中を押されて弘樹はマンションへと入った。
「ただいま」
乾いた空気だけに出迎えられながら玄関を通り抜ける。足早に廊下を進みながらネクタイを緩め、寝室のドアを開けながら解いたそれを勢いよく引っこ抜く。脱いだコートとスーツを簡単にハンガーにかけて部屋着になり洗面所へ入って手洗いとうがいをすませた。
本来なら夕飯か風呂にするべきところだが、今夜はそれどころではない。秋彦にもらった紙袋を手にリビングに戻ると、テーブルの上に貰った新刊とキャンディの瓶を並べ、ソファーに座りこむ。
秋彦の本を前にした時に感じるこの胸の高鳴りは子どもの頃、初めてあいつの書いた物語を読んだ時から変わることがない。
ゆっくりと美しい表紙をめくる。真新しい紙とインクの匂い。そして秋彦のえがいた世界が広がっていく。
弘樹は夕飯も風呂も、何もかも忘れて物語の中へと沈みこんだ。
幼い頃から、本を読んでいると時間を忘れてしまう子どもだった。呼びかける声も周りの音も聞こえなくなる。あまりにも夢中になっていると今いるのがどこなのかさえわからなくなる始末だ。
夢中になって読みすすめた本はもう残り僅かになっていた。早く読みたいような読み終えるのが惜しいような昂ぶる気持ちのままにめくろうとしたページに不意に黒く影が落ちた。
至福の時を邪魔する不粋なものはなんなのかと苛立ちながら顔を上げた弘樹の目の前にあったのは、野分の顔だった。
「え?」
どうして野分がいるんだろう。まだ意識の半分は読んでいた本の中に入りこんだような状態でうまく頭が働かない。パチパチと瞬きをして見たがやはり目の前にいるのは野分に間違いなかった。
混乱して何を言っていいのかも分からずにいる弘樹の目を覚まさせようとするかのように、野分の唇がそっと触れた。
「ただいまです」
「…おかえり」
夢でも見てるのかと思ったりしたけれど、触れてきた唇は確かな熱と感触を伝えてきた。
「なにお前、帰れたの?」
「お腹がすきました」
全く噛み合わない答えを返してきた野分の手がそっと頬に触れる。その手の温かさを心地良いと思いつつも、今の弘樹にとってなによりも手にしているこの本を最後まで読みきりたい気持ちの方が勝る。
「食べてもいいですか」
そう言って顔を近づけてきた野分の鼻先に弘樹はガラスの瓶を押しつけた。
「ほらよ」
「……飴?」
「らしい。それ食って少しおとなしくしてろ」
返事をするのももどかしく残りのページに目をやりながら答える。
「誰かに貰ったんですか?」
「秋彦にな」
再び本の中に沈みこみ生返事を返した弘樹の隣に座り、野分は瓶の蓋を開けた。
ふぅっと息を吐きながら本を閉じる。読み終えてなお物語の中を漂っていた弘樹に野分の長い腕が巻きついてきた。
「なにして」
「ヒロさん…」
苦しげな息づかいに驚いて覗きこむと野分の顔は赤く火照っている。
「野分?」
さっきまではいつもと変わらなかったのに、いったい何があったというんだろうか。
「具合でも悪いのか」
額に手をのせた手を握られて、そのままソファーに押しつけられた。覆いかぶさってきた野分の吐息が耳元にかかる。
「野分」
どうしたのだと聞こうとした口を塞ぐように唇が重ねられる。口腔に入りこみなぞりあげてくるその舌は熱く、 甘ったるい。
(飴の味、なのか?)
いつもと違う何かをはらみながら、いつもと同じように弱いところを辿ってくる野分の舌を確かめるように舌を絡めると、甘さの中にほのかに混ざるアルコールの香りのせいなのか頭の中がぼんやりと霞みがかってくる。初めて知る不思議な味に夢中になっているうちに溢れた唾液はもはやどちらのかもわからなく、互いに分け与えているうちに身体の奥から疼くような熱が湧き出した。
熱い吐息が混じり合う。
ぐり、と押しつけてきた野分の熱にびくりと身体が跳ねた。デニム越しにもはっきりとわかる野分の昂りに兆してきた自分自身を重ね合う。いつもよりもずしりと重く感じる野分の熱に重なった自身も硬さを増した。
「のわ…」
呼び声に応えるように弘樹の部屋着の上がずるりとめくり上げられた。大きな手のひらでするりと脇腹から胸元へと撫で上げられると触られたところから皮膚の神経が立ち上がりだす。長い指に触られてプツリと凝った胸の先を強く吸い上げられる。
「いたッ、って」
「痛いくらいが好きですよね」
いつになく意地悪く耳朶に吹きこまれる声にぶるりと首すじから肩へと痺れが走る。睨みつけた先にある真っ黒な瞳の底にある光にぞわりと腰が揺れた。
久しぶりに聞く声に、いたずらに動きまわる大きな手に、触れているところから伝わる熱に溶かされ、身体中が開かれていく。野分の存在そのものが自分を自分じゃない何かやけにぐだぐだな柔らかいモノにしてしまうのが怖くて、そして気持ちいい。
いつもより乱暴な仕草でスウェットと下着を引き下ろされて期待に震えている自分も大概だと思わず笑った。
「何を考えているんですか」
綻んだ口元を咎めるように見下ろす野分を見上げる。
「お前のことだよ」
弘樹は考えることを放棄して、快楽のままに広い背中にしがみついた。
◇◇◇
「今日は何の用だよ」
「幼なじみに対してずいぶんな挨拶だな」
ハロウィンだということでどこかいつもより落ち着きのなかった学生の態度に不機嫌さをあらわにしていた弘樹だったが、研究室に入りこんだ秋彦につきあってコーヒーを啜っているうちに少しその苛立ちはおさまってきた。
そもそも自分が何かされたわけでもないのにハロウィンを目の敵にするのも大人げない、と眉間の皺を指で揉む。
「そういえば、この前の本読んだ」
「そうか。飴も試したか?」
「飴?」
「本と一緒に渡しただろ」
「あー、あれは野分が」
あの夜の何やら色々と恥ずかしくてしまいこんだ記憶が一気によみがえり、カアッと顔に血がのぼる。そんな弘樹の様子を見て、秋彦がほぅと驚いた顔をした。
「本当に効くんだな」
「何のことだ?」
「お前が食べたのか?それとも彼が?」
「食ったのは野分だけど」
「いつもと違ったか?」
違ったかと言われてみれば、いつもならデッカイ犬のような野分が、あの日はなんというか、犬というよりは…。
「オオカミみてえっていうか」
思わず漏らした言葉を拾い上げた秋彦の目がキラリと光る。
「なるほど。狼男か、悪くないな」
いつの間にか取り出した小ぶりのノートに秋彦は熱心にペンを走らせる。
「つか秋彦、あの飴なんだったんだよ」
「古くから伝わる媚薬入りだそうだ」
「媚薬?」
「簡単に言えば性的興奮を高める作用だ」
「はぁ?!なんだってそんな変なもん人に食わすんだよ!そのせいで俺はあの日散々な目にあったんだぞ!」
「ちょっとしたハロウィンの悪戯だ。気にするな」
「ふざけんな!」
思わず宮城教授が置いていったカボチャの飴を掴んで投げつけたが、ひょいと避けた秋彦は笑いながら立ち上がった。
「Trick or treat」
流暢な英語を残して出て行った秋彦も、そんな秋彦にギリギリと歯噛みした弘樹も知らなかった。
あの飴の瓶のラベルをしっかりと読みこんだ野分が張り切って弘樹の帰りを待っていることを。
投げつけられて床に落ちたお化けのカボチャがニヤリと笑った。