frown
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立ち別れ
- 2017/06/18 (Sun)
- 捧げ物 |
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転勤になった蛍汰さんへ書いたものです。
2017.6.16
研究室の冷蔵庫を開けて冷えたお茶を取り出す。開け放った窓から流れこむさらさらとした風に机の上のプリントがぺらりと一瞬浮かびあがった。
梅雨入りしたはずなのに、からりと晴れた日が続いている。そのせいではないだろうけれど自分まで乾いてしまっているような気がする。
自分用のマグカップに入れたお茶をごくりと飲み干して上條弘樹はため息を吐いた。
この週末は久しぶりに休みが合う予定だったが、予想通りというべきか、野分は今日も帰って来られなくなったらしい。それなら書きかけの論文を進めるべきか、と思いつつも気分が乗らず、帰り支度をしているとドアが開いた。
「上條〜、今夜空いてるか?」
「何ですか?」
また何か資料作成でもさせられるのかと眉間に皺を寄せる。
「学部の懇親会、今日なんだけどさー、お前も出席でいいよな?」
「今日? ずいぶん急ですね」
「いや〜悪い。けっこう前に決まってたんだが、お前にも伝えたつもりになっててな」
拝むように両手を合わせて頭を下げる教授の姿に今日何度目かのため息を落とした。
「教授、連絡事項はちゃんと伝えてくださいとあれほど」
「悪かったって。ま、行けるんなら結果オーライってことでな。行くぞ」
学生たちから鬼と呼ばれる上條の不機嫌な低い声も、宮城には全く効かない。
「早くしろよー」
暢気に歩き出した宮城を追いかけながら、今夜のようにぽっかり空いた時間を持て余してしまった日にはありがたかったなと上條は苦く笑った。
*****
「お疲れ様でした」
頭を下げて最後のタクシーを見送ってようやく今夜の懇親会が終わった。学部の教員の中では一番若手の上條にとってはひたすら気の張ることばかりだがこればかりはしかたない。
「上條、お疲れ」
「教授こそ、お疲れ様でした」
「この後どうする?」
宮城教授も年齢的には他の教授達よりかなり若いこともあって、あまりゆっくり飲んではいなかったのだろう。これから二人で飲み直すか、という誘いの言葉を耳にしながら上條は道路を挟んだ向かいの歩道によく似た人を見つけて固まった。
「野分…?」
週末の繁華街の人混みの中で頭一つ飛び出る長身をみつめる。そこにいたのはどう見ても同居人で恋人の草間野分だった。仕事と聞いていたのがどうしてこんなところに、と思った上條の視線は野分の胸の中に飛びこんだ背の低い女性の後ろ姿をとらえた。
「上條?」
突然の仕事というのは嘘で、誰かに会うための時間だったのか?
(野分に限ってそんなことがあるわけない)
そう思うものの目の前で野分が他のヤツを抱きとめていることは紛れもない事実で。例えそこにどんな理由があろうとも嫌だという気持ちだけがものすごい勢いで溢れかえる。
「すみません。俺、帰ります…」
見てはいけないモノを見たのだと思った。できるだけ早くこの場から離れようと駅に向かって歩き出す。何か言っている宮城の声も街の喧騒に飲みこまれていった。
*****
「ただいまです」
野分が帰ってきたのはそれから一時間ほどたってからだった。どのツラ下げて帰ってきやがったんだ、と上條はいつもと同じ笑顔で近づいてきた野分の顔を真っ直ぐに見つめた。
「どうしたんですか?」
心なしか頬を赤くした野分に、やはり疚しいことがあったのかとギリッと奥歯を噛みしめた。
「どうしたもこうしたも、お前こそ仕事じゃなかったのかよ」
「思ったよりも早く終わったので。今日はすみませんでした」
「へぇ」
何が仕事だよ、と言いかけた言葉を飲みこむ。そんな女々しいことを言うのは嫌だった。だけどもし、野分が本気であの子のことが好きだと言うならば、俺はここにいるわけにはいかない。
「お前、何か俺に言いたいことあるんじゃないのか?」
「どうしてわかったんですか?」
驚いた野分の顔に、自分から言い出しておいて胸が痛んだ。やっぱりコイツは嘘がつけないヤツなんだなと笑った上條を見て野分が首を傾げた。
「ヒロさん、飲んでますか?」
「少しな」
「じゃあそのせいかな。なんだかいつもと違う気がして」
「違うってなんだよ」
困ったような顔が近づいた、と思ったらすっぽりと抱きしめられていた。
「いつもより俺のこと見てくれるから、嬉しいです」
「アホか」
予想もしなかった言葉に驚いて見上げた顔は本当に嬉しそうに笑っている。
「そんなことより、言いたいことってなんだよ」
「言いたいことっていうか聞きたいことがあるんですけど」
「なに?」
「ヒロさん、俺が転勤になったらどうしますか?」
「えっ、転勤になったのか?」
思いがけない言葉に慌てると違いますと抱きしめる腕に力がこめられた。
「もしも、です。今日は家庭の都合で辞めることになった看護師の送別会だったんですけど、ひどく泣いちゃって」
「で、お前が慰めてたってわけか」
「どうしてわかったんですか?」
見てたからな、とも言えず黙りこむ。看護師は辞めるのが嫌なんじゃなくて、お前と離れるのが嫌だったんじゃないか、と言うのももちろん言ってやらないけれど、あれはそういうことだったんだろう。
「お前が転勤になろうと関係ねぇ」
「離れ離れで暮らすことになってもですか?」
「どうせ今だってほとんど会えてねぇしな」
「それはそうですけど…」
寂しそうな顔をした野分を睨みつける。
「離れてたって、気持ちが離れるわけじゃなぇだろ。バカ」
そう言い放って長い腕の中から逃れた上條を追いかけた野分がつかまえた。
「ありがとうございます」
「うるせぇ」
優しく包みこまれて、乾いていた心がひたひたと潤っていくのを感じながらポカリと背中を一つ叩いた。