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当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。

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変わらないもの

秋彦の誕生日ということで。

秋彦とヒロさんの話。

2016.3.3
「あいかわらずここのコーヒーは不味いな」
 長い足を組んで椅子に座った宇佐見秋彦は、手にしたマグカップに口をつけるなり辛辣な言葉を発した。どんな所に行くときも自分の好みを優先する秋彦らしく、今日もまたきっちりとオーダーメイドの三揃いのスーツを着ている。ラフな格好の学生ばかりの大学構内では浮いてしまいそうないでたちも、長身に加えてそのコーヒーを飲む形の良い唇やすうっと通った高い鼻梁に淡い色の髪という絵になりすぎる程の見た目の良さのせいで、あたかも非の打ち所がないように見える。そして貴重な古書が壁一面に並ぶこの部屋にはむしろすっかりと馴染んでしまっていた。
 まるで自分の部屋のようにゆったり寛いで棚の文献を眺め始めた秋彦の態度に、この研究室の主であり、不味いと言われたコーヒーを淹れた張本人である上條弘樹の片方の眉がぐいっと上がった。
「文句を言うなら飲まなくていいぞ」  上條の方も秋彦ほど高級品ではないが、地味ながらも仕立ての良いスーツを身につけている。男にしてはやや細身の身体に茶色の髪の毛を垂らしているせいで、パッと見は優男のように思われがちだが、琥珀色の瞳でぎろりと秋彦を睨みつけた視線の強さと、良く通る低めの声がそれを裏切っていた。

 ここはM大学の学生から色々な意味をこめて「鬼」の異名を与えられている上條准教授が日本文学を極めんと目指すべく日々の研究に勤しむための部屋であり、上條にとってはいわゆる『聖域』である。
(それなのに、こいつときたら)
 生まれ育った環境のせいなのか、やたらと浮世離れしている秋彦と上條は実家が向かいという縁でそれこそガキの頃からの長いつきあいである。その気安さから、気まぐれにふらっと職場を訪ねてくる秋彦を上條も客とは思っていない。
 この俺がコーヒーを出してやっただけありがたいと思いやがれ、と言って髪をかきあげた途端に秋彦が煙草を咥えたのが目に入り、慌てて灰皿を出した。
「悪いな」
「そう思うんなら煙草なんて吸うなよ」
 鼻息荒く上條が座ったせいで年代物の椅子のキャスターがキィと微かな悲鳴を上げた。
「なんだ心配してくれてるのか?」
「してねぇよ。ここで煙草吸われると匂いがつくから嫌なんだよ」
「…なるほど」
秋彦は火をつけたばかりの煙草を灰皿に置くと鞄から小ぶりのノートを取り出した。
「煙草の匂いをつけて帰ると、例の彼が嫌がるのか?」
「あいつ犬みてぇに鼻が効くからな」
「それは色々と便利そうだな」
「便利なもんかよ。俺がちょっと変わった匂いさせてるだけで大騒ぎしやがって、めんどくせぇったらねえ。この前も電車で、って……オイコラ秋彦…」
 サラサラとノートにペンを走らせている秋彦に気づいた上條の眉間にシワが入る。
「どうした?続けてくれ。電車の中で何があったんだ?」
「それは…なんだ?」
「ノートだが」
「誰がンなこと聞いてんだよ。見りゃ分かるわ。俺が聞いてんのはその中身だ。何を書いてるんだよ」
「秘密だ」
「は?」
「いわゆる企業秘密ってやつだ」
そう言うと秋彦はパタンとノートを閉じて鞄にしまいこんだ。
「これは俺の作家としての大切な覚書だからな。例え弘樹であっても何が書いているのかは教えられない」
澄ました顔でそう言うと立ち上がり、窓の外を眺めながらコーヒーを飲み始めた。
「へぇ、そうかよ。それが下読みを頼んでる人間に言う台詞かよ」
「感謝している」
窓ガラスに向かってそう言った秋彦の言葉に上條の動きが止まった。
「えっ?」
誰に言ってるんだろう、と思って彷徨った視線はガラスに映った秋彦の視線とぱちりと交差し、絡む。
 すうっと部屋の空気が薄くなったような気がした。
「もし、弘樹がいなかったら、俺の作品は変わっていたかもしれないな」
淡々と吐き出された思いがけない言葉にさぁっと頬に血を登らせた上條は、ははははは、と乾いた笑い声を立てた。
「ま、まあな。そう思うんならもっと俺に感謝してくれよ」
ギクシャクと胸を叩いた上條の方に振り向いた秋彦は目を細めた。
「そうだな」
「…おう」
「特にあのシリーズはお前からのネタがなければ成り立たないからな」
しみじみと言われて、胸にじんわりと温かなものがこみ上げかけた上條は、ネタ、というフレーズにはたと我に返った。
「おい、シリーズってなんのことだ?」
嫌な予感に背中につっと冷たいものが流れる。
「思った以上に人気が高いようで、俺も驚いてる」
置きっ放しでくすぶりかけていた煙草を咥えてニヤリと笑った秋彦の顔に、上條は、ガキの頃の天使はどこへ行きやがったと叫びたくなった。
「それって、まさか…あっちのペンネームの本じゃねぇよな?」
マンションの片隅にこっそりと積まれているやたらと肌色とピンクの多い表紙の本の悪夢はもう去ったとばかり思っていたのに。
「そろそろ新しいのを書いてくれと担当にもせっつかれて、困ってるんだ」
「絶対に断れ!いいな!絶対だぞ!」
上條の叫びを慣れた様子で流した秋彦は時計に目をやると、ぐりっと灰皿に煙草を押しつけて立ち上がった。
「さてと、そろそろ行くな」
「逃げるな!」
「悪いな弘樹。待ち合わせの時間なんだ」
柔らかく笑った秋彦の顔に、上條も今日が何の日か思い出した。
「…とっとと帰れ。つーかここに時間潰すために来んなってんだ」
俺も忙しいんだよ、と言いながら自分の椅子に座って仕事を始めた上條の頭の上にポンと秋彦の手が乗り、くしゃりと長い指が髪の毛をかき回した。
「またな」
ひんやりとした手の重みが消えて、研究室の古びたドアがギィと鳴る。
「秋彦」
パソコンへと顔を向けたまま、上條が声をかけた。
「ん?」
「誕生日おめでと」
「ありがとう」
カタカタとキーボードの音だけが響く。
「弘樹」
「あ?」
「今度ゆっくり飲みに来いよ。さっきの話の続きも聞きたいし」
「絶対に行かねぇ」
「誕生日のプレゼントはそれでいいから」
「やんねーよ!こっちが印税もらいたいぐらいだってんだ、このバカ彦!!」
真っ赤になって振りむきざまに投げた本は閉じたドアに当たってバサバサと落ち、秋彦の靴音が遠ざかっていった。

「ったく、ふざけんなってんだ」
はあっと大きくため息をついて立ち上がり投げた本を拾い集めていると、ノックもなしにドアが開いた。
「うわっ、どうした上條?」
「すみません」
ドアを開けた途端に足元にしゃがみこんでいた上條を踏みそうになって、宮城教授が目を丸くした。
「誰か来てたのか?」
当たり前のようにひょいと中に入ってきた宮城は出しっぱなしのマグカップと灰皿を見ながら椅子に座った。
「ああ、はい」
「そーいや、さっきそこで作家の宇佐見秋彦を見かけたけど」
「そうですか」
「確か、お前の友人だったよな?」
「いいえ」
秋彦が使ったマグカップを下げながら上條は首を振った。
「え?よくここに来てるだろ?」
「あいつは友人なんかじゃないです」
「じゃあいったい」
「単なる幼なじみですよ」

たった一人の幼なじみ。

昔も、そして今でも。

何歳になろうとも。

永遠に。
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