frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
前夜祭
ハロウィンのわヒロです
2015.10.26
勢いよく開けたロッカーの扉が大きな音を立てた。
思いがけない音に野分は肩を竦めながら、それでも手早く白衣を脱いだ。
ロッカールームのドアが開く音が聞こえた。
「お疲れ様でした」
着替えながら、振り向きもせずに音を立てた人へと挨拶をした野分は自分のロッカーを閉めてリュックを持った。そして、そのまま真っ直ぐ出口へと向かおうとした。
「野分ー」
両肩に突然腕がのってきて動きを止められる。
「なんだ帰るのか?」
後ろを通りかかった津森が羽交い締めのように抱きついていた。
「はい」
津森を肩からぶら下げたまま返事をして、野分は淡々と絡まる腕を解いていく。
「なにそんなに急いでんだよー」
「先輩、俺これから夕飯の買い物があるんで邪魔しないで下さい」
時計を気にする野分を津森がニヤリと笑った。
「あいかわらずマメだなー。今夜のメニューはなんだよ?」
「カボチャです。あ、そうだ。煮物と天ぷら、どっちがいいと思いますか?」
真剣な顔の野分に津森が首を傾げた。
「カボチャ?」
「今日はハロウィンですから」
いつの間にかすっかり年間行事として定着したせいで、この病院でも玄関を始め、小児病棟のあちこちにもオレンジ色のカボチャが飾られていた。
なぜかこのロッカールームの中にも置かれて、イタズラっぽい笑顔を振りまいている。
「カボチャ食うって、なんかそれだと冬至っぽいな」
「でも、ハロウィンって何したら」
ちょっと困ったように眉毛を下げた野分の背中を津森はバンバンと叩いた。
「仮装しろ仮装」
「仮装、ですか?」
驚く野分に津森が追い打ちをかける。
「ハロウィンっていえば普通は仮装だろ。何か面白い格好して上條さんを喜ばせてやれよ」
「ヒロさんはそんなことしても喜びませんよ」
野分は真面目で照れ屋な恋人の顔を思い浮かべて首を横に振った。
「そんなことないって。あの人、けっこうそーゆーの好きだと思うぞ」
自信満々な津森の口調に、野分は思わず食ってかかった。
「先輩、勝手にヒロさんのことを想像しないで下さい」
「何ソレ。俺が上條さんのことを考えるのも許さねぇって」
どことなく楽しそうな様子の津森の声に含まれている揶揄する色に気づいた野分は黙りこんだ。
「まあまあ、騙されたとおもってやってみろ」
自分のロッカーを開けて着替え始めた津森は後輩の剣幕にも気分を害した様子はなく、むしろ楽しそうに続けた。
「仮装するようなものなんてありませんよ」
「あ、それなら俺がいいもの貸してやる。これも可愛い後輩のためだ」
「先輩、俺は別に借りてまでやりたいなんて言ってませんから」
遠慮する野分の言葉を無視するように津森はロッカーから紙袋を出した。
「ほい、これ」
「なんですか?」
受け取ったものの、中を覗いても見えるのは黒い布らしきものしかない。
「マントだよマント」
「マント?」
「吸血鬼の仮装用だ。ちょうど貸してた同期から返ってきたやつ。これならハロウィンらしいし、お前なんか服とか黒いの多いからいけるだろ」
「本当に喜ぶでしょうか…」
どう考えても呆れたような顔のヒロさんしか浮かばず、むしろ怒られるんじゃないんだろうかと野分は眉を寄せた。
「それでちょっと脅かしてみろよ。せめて髪型くらいは変えろよ」
「髪型って言われても」
「吸血鬼っぽくさー、そうだな、いっそビシッとオールバックにしてみたらどうだ?」
津森はそう言うと手を伸ばして野分の伸びた前髪をグイッと上げた。
「お前なかなかいいおでこしてるじゃん。きっと上條さんドキッとするぞ」
「本当ですか?」
「本当だって。そんでハロウィン気分盛り上げてイチャイチャしろよ」
「イチャイチャ…」
「なんならソレ返さなくてもいいからな」
「ヒロさんとイチャイチャ…」
どこか遠くを見つめてブツブツと呟く野分の肩を津森はトンと小突いた。
「おーい野分?聞いてるか?」
「俺帰ります!先輩、コレ借りますね」
「おー頑張れよー」
手を振る津森に頭を下げると慌ただしく野分はドアを開けた。
◇◇◇◇◇
「教授、顔色悪いですよ。どうしました?」
いつも騒々しいことの多い宮城の沈んだ顔色に、さすがに心配になった上條が声をかける。
「いやー今日はカボチャの日だなぁと思うとだな、こう胃のあたりがキリキリと痛んできて」
帰り支度をしていた上條の手が思わず止まった。
「カボチャの日?」
「そうカボチャの日」
上司である宮城教授の言葉に思わず壁に貼られたカレンダーを見る。
「お言葉ですが教授、冬至はまだ先ですよ」
「違う違う。コッチのカボチャだって」
そう言って宮城はオレンジ色の小さな菓子を一つ上條に渡した。
「ああ、ハロウィンって今日でしたか」
手のひらに乗せられた菓子の包み紙には笑っているカボチャの絵がついている。オバケというにはずいぶんかわいいその絵を見ていた上條は、そこに小さく『カボチャの煮物味』と書いているのに気づいて固まった。
そんな謎の味の菓子を渡してきた張本人の宮城はポケットから出した煙草の箱をボンヤリと見てはブツブツと一人呟いていた。
「うちに帰るときっとカボチャが待ってる…」
「そんなにカボチャが嫌いなんですか?」
「嫌いとかじゃなくてだな、とにかく驚くほど大量のカボチャが・・・はぁ」
上條は、ため息をついてばかりの宮城が知らない訳はないと思いつつ念のために言ってみた。
「ハロウィンってカボチャ食べる日とはまた違うと思うんですが」
「まあな。でもウチは普段から若干普通じゃないからなぁ」
「お疲れ様です」
ウチ、という代名詞で語られた宮城の年下の恋人を思い浮かべた上條は、ある意味これは惚気なんではないかと気がつき、慰める言葉の代わりに帰りの挨拶をしてドアへと向かった。
宮城は恨めしげに見上げるといつもより早い時間に研究室を出ようとしているその後ろ姿に声をかけた。
「上條んとこはあれか?今日は上條がナース服でも着るのか?」
「はぁ??」
聞き捨てならない言葉に足を止めて振り向くと、宮城はさっきまでとはうってかわって楽しそうな顔をした。
「なんせ彼氏が医者だもんなぁ。ホンモノのお医者さんごっこが出来るな」
煙草を咥えた宮城の口の端がニヤリと上がった。
「ナース服なんて着ませんよ!」
「似合うと思うぞー」
「一度眼科にでも行ってください」
冷たく言い放った上條の態度も気にせず宮城は続けた。
「たまにはサービスしてやれよ」
「教授の言うサービスの意味がわかりません」
普段すれ違ってばかりで、ゆっくり話すどころか、起きてる野分の顔を見たのはいつだったろうか。
(会えもしねぇのにサービスなんてできるハズもねぇだろ)
ついそんなことを考えてしまった上條は慌てて頭を振った。
(いや違う。サービスってなんだよって話だ)
「研修医な彼氏はこの時期さぞかし疲れてるんだろーな」
「それは、まあ、」
見透かしたような言葉につい返事をしてしまった上條に宮城が畳みかけててくる。
「だから優しくしてやれって」
「優しく、ですか」
「そうそう。あんまりつんけんしてると職場の優しいナースに彼氏を横取りされちゃうぞー」
優しいナース、という言葉に揺れた心を誤魔化すように上條は笑い流した。
「ははは、べ、別にそんなことは。それに俺ももういい年なんですよ。ハロウィンなんて子どもっぽいことやりませんよ」
立ち上がって上着を着た宮城は、とってつけたような笑い顔の上條の頭をぐりぐりと撫でまわした。
「お前は真面目すぎるからなー、年に一度くらいはふざけたことしたってバチは当たらんぞ」
「…教授は普段からふざけすぎですよ」
そう言うと上條は宮城の手を払ってドアのノブを掴んだ。
「今日はせいぜいカボチャ攻めにでもあってください。お先に失礼します」
「うっ、それを思い出させるなってぇぇ」
宮城の泣き声とも悲鳴ともつかない声を背中に聞きながら上條は研究室のドアを開けた
◇◇◇◇◇
「ただいま」
いつもと同じ明かりのついてないマンションのドアを開ける。
(今日は帰れるって言ってたのにな)
短いメールに喜んでしまっていた自分を心の中で笑いながら上條は靴を脱いだ。
(いつものことだ)
ネクタイを緩めながら廊下を進み、リビングのドアを開ける。
誰もいないと思いこんでいた暗い部屋の真ん中に、さらに真っ黒なシルエットが見え、思わずビクッと肩がはねた。
「誰、」
「トリックオアトリート!」
誰何した声に重なる聞き慣れた声。
緊張から強張った体からはどっと力が抜けていく。
そしてホッとするとともに、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。
「なにしてんだよ、お前は」
そう言って壁のスイッチを乱暴に押すと、明るくなったリビングにはニコニコと満面の笑みを浮かべた野分が立っていた。
「おかえりなさい」
穏やかな声はいつもの野分と同じなのに、今日は体全体を隠すくらいに黒くて長い襟付きのマントを着こんでいて、背の高さが強調されている。
おまけになぜか髪の毛はオールバックにしている。
「・・・なにしてんだ?」
見慣れない姿に、驚かされた怒りも忘れて見上げた。
つきあって何年もたっているけれど、あまり身なりにこだわらない野分は流行りの格好とかには興味がないようで、出会った頃から同じような髪型ばかりだった。
黒髪を撫でつけて額を出した様は、やけに男らしく見えて、上條は落ち着かない気持ちにさせられた。
(アホか俺は)
慌てて目を逸らした上條の前で野分は両手を伸ばしてマントを広げて見せた。
「ドラキュラです」
「そんな笑ってるドラキュラ見たことねぇ・・・」
「あっ、そうか」
上條のツッコミに困ったように頭を掻いている姿はいつもの野分と同じで、ちょっと安心して、そしてやけに可笑しくなった。
「お前に化け物なんて無理なんだよ」
そう笑って自分の部屋に入ろうとした上條を黒いマントがふわりと包みこんだ。
(温かい)
いつもの野分の体温を感じてどきりとする。
ゴトンと手にしていた鞄が床に落ちた。
長い腕に抱きすくめられ、熱い吐息が耳朶にかかった。
「俺はヒロさんのためなら、何にでもなりますよ」
「なに言ってんだよ」
ふざけていると思い少しばかり呆れて抱きしめているその顔を見上げる。
視線の先にある自分を見つめている真っ黒な瞳は思いがけなく真剣な光と熱を帯びていた。
「アホ・・」
慣れないオールバックにした野分の黒い髪が一筋ぱらりと額に垂れた。
思ったより広く形のいい額や、男らしい眉と真っ黒い瞳が、髪を上げているせいでよく見える。
(やっぱり、なんか・・スゲェ大人っぽい)
そんなことを考えて見惚れてしまっていた顔がゆっくりと近づいてきた。
いまいましいほどに男の匂いをさせている野分の視線をまともに受け止めきれず、ふいっと横を向く。
「ヒロさん」
湿った声とともに首すじに唇が落とされる。
「んっ、」
思わず漏れた甘ったるい声を慌てて飲み込む。
首すじへ落とされた唇と舌は喉へと這うように降りていった、と思ったらチリッと鋭い痛みが走った。
驚いた上條の顔を野分が見上げて笑った。
「何して・・」
「ヒロさんの血を吸いました」
冗談だと、これはハロウィンの遊びなんだろうと、頭では分かっているのに。
「これでヒロさんはもう俺のものです」
野分の囁く声はとてつもなく甘く、身体の奥へ染み込むように響いてくる。
「バカなこと、言ってんじゃねぇ」
そう言いながら、その声だけで身体中が反応していくのがわかる。
とっくに野分のものになっている。
心も、そして身体も。
疼くような自分を持て余し、早く寄越せと思ったのが通じたかのように、上條の背中に回された腕に力がこめられ、後頭部をそっと支えるように手のひらが襟足へ忍びこむ。
唇を吸われ、舌が絡めとられた。
真っ黒な瞳に飲み込まれていく。
黒いマントに包みこまれていく。
「悪戯してもいいですか」
「もうしてるだろ」
どんなお菓子より甘い口づけをくれた吸血鬼は、悪戯っ子のように笑った。
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