frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
夏の香り
とある暑い日のヒロさん
2015.7.22
今年もまたやってきた
青い空
そびえる白い入道雲
容赦無く照りつける陽射し
そう、今年もまた夏が来た
つーか、天気予報より早いし、暑くねぇか?
『今年の夏は例年と同じか、少し涼しくなるでしょう』と笑顔で言っていた天気予報士に対して心の中で八つ当たりしながら上條弘樹は歩いていた。
職場であるM大学のキャンパスは元からある武蔵野の面影を残しつつ、計画的に樹木が整備されている。
おかげで夏も適度な木陰がそこかしこにできる恵まれた環境にあった。
しかし、大学の敷地を出た途端、そこはまさに灼熱地獄のようだった。
アスファルトの上の空気がゆらゆらと揺れているのが見える。
ビルのコンクリートやガラスから反射する光の強さに目が細くなってしまう。
あっちぃ
弘樹はネクタイをきちんと締めた首元に指を入れてグイッと緩めた。
夕方にもかかわらず痛いくらいに肌をジリジリと焼いてくる太陽の熱に、なんだか自分が巨大なグリルにでも乗せられたような気分になる。
夏は好きじゃない・・・。
正確に言うと寒がりでもあるので冬も苦手だったりするのだが、夏も同じくらい好きではない。
そもそも身体全体の色素が薄いせいか太陽と相性が悪い。
肌は赤くなれこそすれ綺麗な小麦色になったりはしないし、琥珀色の瞳は眩しさに弱く、この時期はアスファルトからの照り返しに顰めっ面も二割り増しになってしまう。
そして、もう一つの理由はコレだ。
半袖のワイシャツから出ている自分の腕に止まっている蚊をペシンと勢いよく叩いた。
「ったく」
なぜか知らないが、弘樹は子どもの頃からやたらと蚊に好かれる体質だった。
それは大人になっても変わらず、白い腕にはすでに何個か赤い跡が散っている。
早く虫除け買わねぇとダメだな
ぽりぽりと痒みを帯びた腕を掻きながら今日ばかりは本屋へ行くのを諦めて、ドラッグストアへと向かって歩き始めた。
◇◇◇
どっちにするべきか
朝顔やセミの絵で飾られたコーナーには塩分補給用の飴や虫除けスプレーや虫さされの薬など、季節の商品が所狭しと並べられている。
その棚で見つけた新商品を前に、弘樹は一人、眉を寄せて唸っていた。
「弘樹」
聞きなれた低音の声。
「秋彦!?お前こんなとこで何してんだ?」
両手に蚊取り線香を持って真剣に悩んでいた弘樹は、振り向いた先に幼なじみで今や売れっ子の小説家である宇佐見秋彦を見つけて思わず大声を出した。
今日も最高気温が三十度を超えているというにもかかわらず、相変わらず糊のきいたシャツにネクタイを締め、さらにはベストまできっちりと着こんだ姿。
しかしその手にはあまり似つかわしくない、というか全く不釣り合いな12個入りのトイレットペーパーの袋がぶら下がっていた。
「頼まれた物を買いに来ただけだ」
「お前がこんなところで買い物をするとは思わなかったぞ」
「お前こそ何をしているんだ」
「そうだ、どっちがいいと思う?」
そう言った弘樹の右手には『夏は熊猫の蚊取り線香』の箱、左手には『よく効くアヒルの蚊取り線香』の箱がある。
「悩むくらいなら、両方買えばいいだろう」
「お前と一緒にすんじゃねえ。一つでいいんだよ一つで」
真面目な顔で見比べている弘樹に秋彦は『熊印蚊取り線香』を差し出した。
「いっそのこと、こっちにしたらどうだ」
「んー、熊かぁ」
「やはり熊の方が蚊には効くだろう」
「そうなのか?」
「ウチに蚊がいないのは、鈴木さんがいるおかげだ」
「鈴木さんって・・てめぇんとこは蚊も来ねぇような高層階だろうが。参考にならねぇ。やっぱこっちにするわ」
結局、弘樹は『よく効くアヒルの蚊取り線香』を持つと、トイレットペーパーを持った秋彦と並んでレジを通った。
「お前の家で蚊取り線香を使うならいいものをやる。ウチに寄っていけ」
「いいものってなんだよ?」
「パンダの蚊遣り器だ」
「パンダの?まあ、しかたねぇな。そんなに言うなら貰ってやってもいい」
「あいかわらずだな。曲がりなりにも文学部の助教授なんだから、もう少し言葉を選ぶべきじゃないか」
「うっせー。てめぇには山ほど貸しがあるってことを忘れんなよ」
「なんのことだ?」
「てめぇ、いいかげんにしろよ」
アヒルの蚊取り線香とクママークのトイレットペーパーを持った男二人を乗せた赤いスポーツカーは蝉時雨の中を滑らかに走り出していった。
◇◇◇
「ただいまです」
思ったより早く帰れたのに、リビングの明かりが見えないことに気がついて、野分はため息をついた。
今日は会えると思ったのにな
自分の足をひどく重く感じながら廊下を歩き、リビングへと通じるドアを開けた。
「おかえり」
薄暗い部屋から声が聞こえて一瞬、足が止まる。
「ヒロさん?」
さっきまで引きずるようだった足音が嘘のように、野分は声のした方へと駆け寄った。
「明かりもつけずに、何してるんですか?」
「夕涼み」
白いTシャツにグレーのショートパンツという格好で弘樹はベランダに立っていた。
野分もサンダルを履いてベランダへと出ると弘樹の横に立った。
夜風に混じるいつもと違う香り。
「蚊取り線香焚いてるんですか?」
「分かるか?」
「懐かしい匂いがします」
弘樹の足元にはパンダの蚊遣り器が置いてあり、口から細く煙が立ち上っている。
「いいですね」
「だろ?」
ふっと子どものような笑顔で弘樹はパンダを見た。
「ガキの頃、蚊取り線香焚いて、縁側に座って西瓜食うのが楽しみだったんだ」
蚊取り線香の香りのせいだろうか
次々に子どもの頃の夏の思い出がよみがえってくる。
「いっそ縁台でも置こうかな」
手すりにもたれて立ちながらそう呟くと、弘樹はプシュッと音を立てて缶ビールを開けた。
ゴクッと白い喉がうごめいてビールが流しこまれていく。
プハッと息継ぎをするように缶から口を離した弘樹が、上唇についた泡を手の甲で拭いながら野分を見上げた。
「お前も飲むか?まだ冷蔵庫の中にあるぞ」
「下さい」
そう言って野分は弘樹の持っている缶ビールへと手を伸ばした。
「あっ、何、これは俺の」
野分は器用に片手で缶ビールを取り上げるともう片方の手を弘樹の腰に回した。
そのまま、弘樹の飲みかけの缶ビールに口をつけてゴクリと飲む。
「ごちそうさまです」
野分の腕の中で弘樹がむうっと唇を尖らせた。
「俺のビール返せよ」
「はい」
にっこりと笑った野分は手にしたビールを再び口に含むとそのまま自分の唇で弘樹の唇を塞いだ。
「んっ、んんんん」
ゆっくりと口うつしで与えたビールは二人の重なる唇の隙間からつうっと細く垂れ、喉を湿らせながら伝わっていく。
炭酸の刺激とホップの苦みが舌先を刺激する。
野分は冷えた唇の隙間に舌を入れると、柔らかい舌先を絡めとった。冷たく苦かった舌は熱くなり、そして、甘くなっていく。
閉じた弘樹の薄い瞼にほんのりと赤みがさして微かに震えるのを野分はみつめながら、チュッと態と音を立てて唇を離した。
はぁっと熱い息が漏れ、赤い舌をのぞかせた弘樹はさっきよりも色づいた唇をペロリと舐めた。
唾液で濡れて光っている唇とちろちろとのぞく舌先を目の前にして、野分は思わず力をこめて抱きしめた。
「ヒロさん」
「ちょっ、やめろって、こんなとこで」
夏の太陽もようやく沈み、辺りは夜の色に変わっていた。
それでもここは外だということに変わりはない。
弘樹はジタバタと激しく腕の中で暴れ出した。
野分はもがく弘樹の腕を抱き、蹴りを入れようとしてくる脚を自分の足で挟みこんで抑えつけた。
そうして首すじに顔を埋めて訴える。
「無理です」
「無理って、なんだよ。訳わかんねーんだよ。帰ってきたと思ったら人のビール取り上げて、こんなこと、あっ、----っんん-----ん」
訳がわからないのはヒロさんの方です。そんな顔をしておいて。
そう思いながらも、そんなことを言う余裕もなく野分はもう一度さらに深く唇を重ねた。
歯列を舌先でなぞりあげながら、中へと滑りこませると上顎へ這わせていく。
暴れていた弘樹の腕の力が緩み、縋るように野分のシャツを掴んだ。
温い風が頬を撫でていく。
「だからここじゃ嫌だって」
「わかりました」
野分が耳元で囁く。
「じゃあ中で」
「ん」
「クーラー入れてきますね」
そう言って部屋の中へ入っていった後ろ姿を見ながら弘樹は飲みかけの缶ビールを拾い上げた。
パンダの蚊遣りと目が合う。
「見てんじゃねぇよ」
弘樹はくるりとパンダの向きを変えた。
夏は夜、か。
昼間より涼しくなった風にあたりながらビールを飲み干した。
「夏もそんなに悪くねぇな」
蚊取り線香の煙はゆらゆらと広がりながら、月の光る夜空へとのぼっていった。
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