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frown

当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。

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忘れた頃に

  防災の日に書いた140文字をふくらませてみました。

2016.9


「ただいまです」


 久しぶりの帰宅に声がうわずる。しかし期待していたおかえりの声は聞こえず、野分は首を傾げながらスニーカーを脱いだ。


「ヒロさん


 リビングにもキッチンにも姿は見えない。ただ、漂う空気には微かに弘樹の気配が残っている。


「ヒロさん


 そうっと開けた弘樹の寝室。留守の間にさらに増えた本の山がでんとそびえてはいるが、本の持ち主の姿はここにもない。もしかしたら、と少しだけ邪な期待をこめて覗きこんだ浴室は使った跡はあったが、アヒルも弘樹もいなかった。


「出かけてしまったのかな…」


 せっかく帰ってきたのに、と肩を落とす。けれども早く帰ろうと気が急いていて、連絡もせずに自転車に飛び乗ったことを思えば、これは自業自得なのかもしれない。


 野分はのろのろと自分の部屋のドアを開けた。



 いた。



 自分のベッドの上に夏の薄い上掛けの中で丸まっている。


 ただ、その姿を目にしただけなのに、ドクンと大きく胸が鳴る。


 さっきまでのどんよりと沈みこんでいた気持ちが一気にふわふわと舞い上がる。すぐにでも飛びつきたい衝動をぐっと堪えて、野分は足音を立てないように、ゆっくりと近づいた。


 すうすうと穏やかな寝息を立てて眠っている顔を眺める。普段の生真面目なまなざしが隠れ、ギュッと顰めていることの多い眉のラインはほどけてなだらかなカーブを描き、固く結ばれがちな口元は少しだけ緩んでいる。その顔には、どこか幼さを感じさせるような甘い柔らかさがある。


 指を伸ばして長い睫毛の先に触れてみると、くすぐったそうにふるふると顔が揺れた。


「ヒロさん」


 耳元で囁くと、うん、と小さく声を出しながらコロリと寝返りを打った。


「ヒロさん」


 肩を抱き寄せながらもう一度囁く。目蓋が細かく震えてゆっくり開き、薄茶色の瞳があらわれた。


 ぼんやりと向けられている瞳の中に映る自分の顔を覗きこむように顔を寄せていき、ちゅっと唇を啄ばむ。


「ただいまです」


 焦点の合っていなかった目がパチパチと瞬きを繰り返す。


「ヒロさん」


 囁いた声がしみこむように、耳元から首すじ、そして頬へと鮮やかに赤みが差していく。


「なな、何して」


「ヒロさんこそ、ここで何してたんですか


 胸の中に封じこめつつそう言うと、自分がどこで寝ていたのかを思い出した弘樹はぴたりと動きを止めた。


「こ、これは、その、あれだ…訓練だ」


「訓練…


「そうだよっ」


 思いもよらない答えに野分が問い返すと、ぎりりと音がしそうなくらいに睨み返された。


「天災は忘れた頃にやって来るって言うだろ。知らねぇのか」


「テンサイですか」


「俺の部屋は今にも本が雪崩そうなんだよ。だから、これは地震が来た時に備えての避難訓練だ


 真っ赤な顔で支離滅裂な理屈を喚き始めた弘樹を野分はぎゅうっと強く抱きしめた。


「わかりました」


「ん」


「いざという時のため、なんですね」


「おう」


「じゃあ俺もその訓練に参加したいです」


「へ


 野分はにっこりと微笑むと弘樹の頬を両手で挟みこんだ。


「いいですよね


「いいもなにも」


「お願いします、上條先生」


 助けを求めるようにウロウロと泳いだ瞳をじっと見つめながら野分はたたみかけた。


「先ずは人工呼吸の練習を」


「人工…呼吸


「はい」


「人工呼吸って、あの口と口をくっつける人工呼吸か


「はい。俺の息をヒロさんの中へと入れるあの人工呼吸です」


「てっ、てめぇは本職だろーが、練習する必要なんてどこに」


 声を荒げた弘樹の口を塞ぐように唇を重ねる。するりと隙間から舌を忍ばせて上顎を擦りあげると甘ったるい声が漏れてきた。舌の先で歯列の裏側をなぞりながら往復して、柔らかな舌を絡め取る。溢れ始めた唾液の甘さを貪っていると、どん、と胸を叩かれた。


「苦しいって」


「すみません」


「何が人工呼吸だ。死ぬかと思った」


 はぁっと熱い息を吐いた唇は赤く濡れている。その下唇を噛んでもう一度吸い上げながら、野分は弘樹のパジャマの胸元へ手を這わせた。


「苦しかったですかじゃあ次は心臓マッサージを」


「えっ、」


 微笑みながら、野分は弘樹の胸の先へと指を伸ばした。


 ぴくりと震えながら背中がしなる。


 色づきたがっている尖りをひとなでした後、するりと手をずらして胸と胸の間に手のひらを乗せた。


「心臓が止まった時はこうしてここを強く押します」


「だから止まってねぇって」


「本当ですか」


 野分の耳がひたりと当てられた。


 規則正しく刻むリズムが直に響く。弘樹の身体の中から聞こえる音と耳朶に触れている肌の心地よさを味わっていると、伝わる音が少しずつ速くなってきた。


「おい…」


 胸から伝わる声の振動。


「野分」


 目を閉じて自分の名前を呼ぶ音をもらう。


「てめぇ、いつまでそうしてんだよ」


「ヒロさん」


 野分が名前を呼ぶと、身体の中から聞こえるリズムは速く、その音は大きくなる。


「ヒロさんの音、ずいぶんと速いですね」


 思わずそう言うと、かぁっと音をたてそうなくらいの勢いで、弘樹の首すじに赤みがさした。


「て、てめぇがおかしなことばかりするからだろ


「おかしなことなんてしてません。これはあくまで訓練ですからね」


 そう言いつつ、するすると胸の周りを撫でていた野分の大きな手が止まった。


「ヒロさん」


「なに


「また痩せましたね」


 薄い身体を確かめるように肋骨を指でなぞった。


 暑い季節が来るたびに細くなる身体は日焼けの跡もなく薄暗い寝室に白く浮かび上がる。


 なめらかな腹部を飽きることなく撫で回していた手がグイッと掴まれた。


「もう訓練は終わりだ」


 プイと横を向いた弘樹の首に口づけを落とした野分の頭に弘樹の腕が巻きついた。


「ヒロ、さん


「訓練は、終わりだから…」


 滑らかな白い首すじに鮮やかな朱が浮かび上がる。


 滅多にないような甘えた仕草に、今までの訓練の成果は消え、野分は一気に緊急事態に突入した。 


「はい。じゃあ次は本番ですね」


 そう宣言し、するりと弘樹のパジャマを脱がして抱きしめる。


「アホか」


 胸の中で呟くかわいい人をみつめながら、今まさにこの瞬間なら、天変地異が起きても悪くないと、重なり合いながらシーツの中へと埋もれていった。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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