frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
Mustache
草間の日 おめでとう
2016.9
なんとかもってくれないかな
そう思って交差点で見上げた空は、頬にぽつりと大きな雫を落としてきた。
隙間なく厚く垂れこめている雲。その色も流れる速さも雨の到来を予告している。
野分は信号が青に変わると同時にサドルから立ち上がるようにしてペダルに体重をかけた。
雨雲と競争するように自転車は夜の街を駆け抜ける。
こらえきれなくなった雨粒がぽつぽつと灰色の雲から落ち始め、黒い水玉模様が浮かび上がり出した道路からは雨の匂いが立ち昇る。ザアッという音とともに風を含み勢いを増した雨に打たれながら駐輪場にとびこむと、じっとりとはりついた服にため息をついた。
水を含んだスニーカーの重みが、連勤で疲れた身体の最後の力を容赦なく奪う。それでも、やっともらえた休みを前に最後の気力をふりしぼると、辿りついた玄関を静かに開けた。
ただいまです、と口の中で呟きながら真っ直ぐに浴室へと向かう。
濡れた服を剥がすように脱いで洗濯機に入れる。浴室の椅子に座っただけでウトウトとしかけて、慌ててシャワーのお湯を頭からかけた。手早く頭と身体を洗う間にも疲れが滲み出てくる。
ざばざばと勢いよくシャワーを終えて泡を洗い流すと、身体を拭くのもそこそこに下着だけを身につけた野分は重くなった足を引きずるように寝室へと向かった。
目蓋が勝手に閉じかかっている。早く寝ろと身体中が訴えているのを感じながら、野分の足は自分のではなく、弘樹の部屋へと進んでいた。
そっとドアを開ける。
灯りの消えた寝室の中に満ちている本と弘樹の匂いを吸いこみながら、ゆっくりとベッドへ近づいた。
「かわいい……」
暗がりに浮かぶ弘樹の寝顔に引きずり込まれるようにその隣に潜りこむ。ほんのりと温かな体温を抱きしめると野分はあっという間に夢の中へと沈んでいった。
◇◇◇
温かい……
夢の境目を漂う中で、ゆったりと規則正しい息遣いを耳が拾った。
こじ開けた目蓋の隙間から見えた顔の近さに驚いて、弘樹はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
いつの間に帰ってきたんだろう
まだぼんやりとする視界の中にあるのは何年も一緒に暮らしている顔なのに、嬉しい不意打ちに心臓が跳ねる。
やたらと速くなる自分の鼓動に呆れつつ、もう一度見上げた顔の違和感に弘樹は目を凝らした。
出会った頃の少年らしさが消え、最近ぐんと男っぽさを増してきたように見える顎のライン。引かれるように伸ばした指先に、いつもは感じないざらりとした感触がひっかかった。
珍しい…
ぽつぽつと生えている髭。
小児科という子ども相手の職場に勤務しているからか、野分はどんなに忙しい時でもきっちりと髭を剃っている。目の前にある野分の顎と口元に生えている髭は、いわゆる無精髭だろうが、なかなかいい感じにも見える。
撫でるように指を往復させる。
弘樹自身は髭も薄いたちなので、たまに剃らずにいても、ちょろちょろと情けない生え方をするだけなのだが、野分の髭なら伸ばしてみたらそれなりになりそうだ。
悪くないな
流行りなのか、最近は大学でも髭をきれいに伸ばしているやつも多い。それを見て、いいなと思ったことなんて一度もないってのに。
野分なら、髭も似合いそうだ
ぐっすり眠りに落ちているのをいいことに弘樹は遠慮なく髭の生えた顔を見つめた。
ほかほかと伝わってくるのはいつもと同じ温かさなのに、じっと見ているといつもとは違う熱が身体の奥からせり上がってきた。
「生意気だ」
自分の熱に煽られるように頬に手を添えて、口元に生えた髭に唇を押しつけた。
いつもと違う感覚に目を閉じてみる。それはなんだか見知らぬ男のようにも思えて、さらにおかしな気分になっていく。ぬくもりの中で鼻先をくすぐるいつもの野分の匂いを求めるかのように身体は緩やかに解けていく。
目を開けて野分の上唇を喰み、軽く吸い上げてから下唇へと、さらに下へとゆっくりと唇をのせていく。
ぺろりと顎を舐めた舌先にあたるざらざらとした刺激を楽しんでみる。ゆったりと穏やかな寝息を聞き、野分が深い眠りの中にいることを確かめた弘樹は首すじ、そして鎖骨へと舌を這わせていった。
がっしりとした胸板にたどりつくと、いつも野分が自分にするように胸の先を舐めてみたが、野分は声を出すどころか身動ぎ一つしない。むしろその刺激が跳ね返ってきたかのように弘樹の下腹部に熱が集まっていた。
「野分…」
起きなければいい、と思っていたはずなのに、兆し始めた自分自身を押しつけるように野分に足を絡めた弘樹は、堪えきれずに名前を呼んでいた。
◇◇◇
どうしよう
野分は嬉しさと興奮と戸惑いの嵐の中で必死に目を閉じていた。
自分の気持ちを隠したがる弘樹は野分に対しても自分から求めてくるようなことは滅多にない。もっともそれは二人でいるときは野分の方からべたべたと、それこそ鬱陶しがられるほどに近寄って行くせいかもしれないけれど。
そんな彼が自分からキスをしてきた。
ここで目を開けたら、きっと驚いてしまうだろう。それどころか、驚きすぎた弘樹は怒って暴れるだろうから、自分は弘樹のベッドから蹴り出されてしまうかもしれない。恥ずかしければ恥ずかしいほどに、手や足をくりだしてくる姿も嫌いじゃないけど、できれば今日はもっと一緒にこうしていたい。
葛藤している間に弘樹の唇は自分の胸へと降りてきた。
寝ている自分の身体に乗り上げてくる弘樹の重み。吸いついてくる唇の柔らかな感触。目を閉じていても、その艶やな姿態がはっきりと浮かんでくる。焼き切れそうな理性を力技で繋ぎとめ、必死で呼吸を整えて寝たフリをし続けている野分には絡められた足も、そこから伝わる弘樹の熱も、あまりにも甘い誘惑だった。
「野分…」
胸の上で艶かしい吐息とともに名前を呼ばれる。それは逆らうことのできない呪文のように野分の口を開かせた。
「はい」
野分が返事をした瞬間、魔法が解けたように、弘樹の動きが止まった。息を飲んだ音とともに、ものすごい勢いで逃げようとした身体に野分の腕が巻きつく。
「離せって」
今まで我慢していた分まで強く絡めた腕の中で揺れる茶色の髪の毛に問いかけた。
「ヒロさん、髭が好きなんですか?」
「てめぇ、寝たふりなんかしやがって」
睨みつけてくる琥珀色の瞳も、赤く染まった頬も、怒っているのにまるで誘っているかのような色にしか見えない。
「ちゃんと寝てましたけど、ヒロさんがあんまり可愛いことするから」
寝ていられなくなりました、という言葉は重ねた唇に直接伝えて舌を絡めた。
[newpage]
いつもと同じキスなのに、唇や顎に当たる刺激にびくりと身体が震える。
「痛いですか?」
心配そうな声に目を開けると、野分は困ったようを顔をしている。
「別に…」
「本当ですか?」
「ん…大丈夫だから」
早くしろ、と言うかわりに両手を伸ばして髭の生えた頬を撫でる。
「そんなに煽らないで下さい」
むしゃぶりついてきた野分の顔が鎖骨へと沈んでいく。
「あっ…」
顎が胸の先を掠める。ざらりとした感触に弘樹は甘ったるい声を漏らした。
「ヒロさん、こういうの好きなんですか?」
「ンなわけ、ねぇ、ッだろ」
野分が顔を埋めていくと、そこにはいつもの甘い快さと、同時に与えられる少し痛いような刺激とか混じり合う。気持ちいいんだか、痛いんだか混乱した弘樹は、その快感を逃そうと頭を振った。
「じゃあどうしてこんな。今日いつもより凄いですよ」
野分のあまりにもストレートな物言いに、かぁぁっと頭に血がのぼる。
「ヒロさんがそんなに好きなら、俺、髭伸ばそうかな」
「やめろって」
「どうしてですか?」
髭のある野分はいつもより大人っぽく見えるから、だとか、職場でナースに騒がれるんじゃないだろうか、とか。そんな女々しい心配をしているだなんて言えるわけもなく、目を逸らす。
「なにお前、伸ばしてぇの?」
「髭を伸ばしたいんじゃなくてですね、俺はただヒロさんが気に入ったんなら伸ばそうかなって」
「伸ばさなくていい」
「嫌いですか?」
「てめぇはそれ以上よくなってどうする気だよ」
抱きつきながら思わず零した言葉の意味に気がついた時は、もう野分のスイッチはこれ以上ないほどに入ってしまっていた。久しぶりにベッドから起き上がれない朝を迎えながら、誕生日プレゼントには新しいシェーバーを贈ってやると心に誓う弘樹だった。