frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
星空の下で
誕生日にまつわるお話、というリクエストに答えてみました
2016.6.29
「かーみーじょーおー」
背後から聞こえた宮城教授の声に上條の肩がピクリと上がった。
「おはよー」
微かな煙草の匂いと長い腕が、のんびりとした朝の挨拶と同時に両肩に乗っかってくる。
「……おはようございます」
上條は何かと理由をつけては自分に抱きついてくる上司の腕の重みにため息混じりの挨拶を返した。
「なんだよ上條。梅雨だからって朝からどんよりしちゃってー」
「教授こそ、梅雨時に暑苦しい挨拶はやめて下さい」
「しかたないだろ」
「しかたないってどういう意味ですか?」
さらに腕の力を強めてきた宮城を押し返しながら睨みつける。
「今日のラッキーアイテムは上條なんだからさー」
「はいはい」
「あ、信じてないな」
見てみろよと言って宮城が出してきた新聞には星占いコーナーが載っていた。
「教授って何座なんですか?」
「俺は双子座だ」
「双子座のラッキーアイテムは……抱き枕……?」
「な?」
「誰が抱き枕なんですか!」
「えーこんなに抱き心地いいのにぃ」
「誤解を招く言い方はやめて下さい。そもそも俺は占いなんて信じませんから」
そう言って新聞を宮城に突っ返すと自分の席に着いた。
若くしてM大学文学部の教授に登りつめた宮城は松尾芭蕉研究においては広く知られており、その気さくな人柄で学生たちからの人気も高い。
上條自身、まだ大学生だった頃、宮城の情熱がほとばしるような論文を読んで惚れこみ、宮城のもとで文学を極めたいと願って今に至るわけなのだから、尊敬に値する人物なのは間違いない。
間違いないのだが、毎朝新聞の星占いコーナーを読んでは一喜一憂する姿に、時々上條は師事する人を間違えたんじゃなかろうかと思ったりする。
キャスター付きの椅子の背を抱きかかえるように座って煙草を吸い始めた宮城に灰皿を渡しながら思わず本音をこぼした。
「教授って意外とあれなんですね」
「あれって何だよ?」
「いや、その占いなんて信じてるのが乙女チックだなぁと」
「上條は占いは信じないのか?」
「はい」
若くして助教授になった上條は、男性にしては線の細い身体つきや若く見える容貌から受ける印象とは裏腹に、学生たちから「鬼の上條」と呼ばれていることが示す通りに、その性格はいたって厳しく、男らしい。
「ラッキーアイテムとかに頼ったところで、問題は解決しませんよ」
山積みになっている宮城の資料を見ながらそう言うと、自分の講義の用意を始めた。
「まあ、そうなんだけどな。それでもな、上條」
どこか遠いところを見るような目をした宮城は、ぷかりと煙草の煙を吐いた。
「この世にはな、人間の力の及ばないなにかってのがあるんだよ」
立ち昇る煙草の煙の中に宮城の言葉はゆらゆらと漂って広がった。
この世には
まるで自分に言い聞かせているかのような宮城の声に息をのむ。
いつもふざけているようで、実は懐の広い上司の抱えているものを垣間見たような気がしてなんだか落ち着かない。
「あの、教授」
戸惑いながら声をかけた途端に立ち上がった宮城に正面から抱きつかれて上條は目をぱちぱちと瞬かせた。
「だーかーら、今日は上條に癒してもらうんだー」
朗らかに謎の宣言をした宮城の目の前で研究室のドアがノックもなしに開いた。
「へぇ、そうなんだ宮城」
ドアに背を向けている上條の背中に当たるのは梅雨時とは思えない冷たい声と空気。
「し、し、忍ッ」
ドアを開けて立っている大学生の姿に宮城が声を裏返した。
「ノックしろと言ってるだろう」
振り向いた上條がたしなめると、高槻学部長の息子であり、宮城の恋人でもある忍は謝るどころかギロリと睨み返してきた。
「なんだ?」
学部長の息子だろうがなんだろうが、最低限の礼儀というものは必要だろう、と上條が教え子に対してと変わらない態度で真っ直ぐに見つめ返す。
「忍、お前ちょっとこっちに来い」
ぴりぴりとした空気を崩すように、二人の間に宮城が割って入った。
「なんなんだよ宮城、お前やっぱりアイツとなんかあるんだろ」
文句を言い続ける忍の肩を押し出すようにして二人はそのまま廊下へと出て行った。
なんだったんだ
朝からおかしなことに巻きこまれた上條はぐったりしながら講義用の眼鏡をかけた。
念のためそっとドアを開けて廊下を見て、二人の姿がないことを確認して歩き出した。
知識も経験も豊富で世慣れてるはずの宮城を振り回しているあの子の行動は、上條にとっては常に戸惑うことが多い。けれども、それもまた宮城にとっては、自分の力ではどうにもならないなにかなんだろうな、と一人頷く。
「さて、と」
いつもより緩んだ頬をピシリと引き締めて、上條は教室のドアを開けた。
◇◇◇
朝に宮城の資料の山を見たときに感じた嫌な予感は見事に的中した。
「いつも悪いな上條」
「わかってるなら、もう少し計画的に準備してくださいよ」
自分の仕事を終えた後に泣きつかれて、眉間に皺を寄せながら印刷機をフル回転させるのを恒例行事にされたのではたまったものではない。
「すまん。夕飯奢るから」
そう言って宮城が上條を拝んでいると研究室のドアが開いた。
「宮城!」
ズカズカと入りこんで来たのは、またもや忍で。
「ノックをしろと言っているだろ」
例によって上條の片眉が上がる。
「残りは俺が手伝うから」
「えっ?」
「だから、もう帰っていい」
何が何だか分からないまま、追い出されるように上條は残業から解放された。
思ったよりも早かったというだけで、もう日は落ちて辺りは暗くなっている。
久しぶりに傘をささずにすんだ帰り道に見上げた空は雲もなく、住宅街の中ということもあって、僅かながら輝いている星も見えた。
星座かぁ
宮城には言わなかったけれど、星占いをしないのには上條なりの理由もあった。
その日って、俺の本当の誕生日じゃないんですよね
以前、誕生日の話をした時、野分は笑ってそう言ったけれど、それは上條にとっては笑い話にできるようなことではなかった。
自分がどこからきたのかが分からない
それはどんな気持ちなんだろうか。例えるならば、暗闇の中を歩いているようなものなんじゃないだろうか、と上條は夜の空を見た。
産みの親のことも、生まれた日にちさえも分からないままに歩き続けることを野分は選んでいるけれど、本当のことを知りたくはないのだろうか。
けれど、もしも本当の自分を取り戻したなら、野分はどうするんだろうか。
自分が在るべきだった場所へと行ってしまうんだろうか。
俺を置いて。
俺はまた、置いていかれるのか。
それでも、野分が幸せになるのなら。
星の光がじわりと滲んだ。
「ヒロさん!」
聞こえるはずのない声に驚いて振り向くと、そこには手を振りながら駆け寄ってくる野分がいた。
「お前」
驚いている上條の前まで一気に走ってきた野分は、はぁはぁと息を弾ませながら、まるで飼い主を見つけた犬のように笑っていた。
「まさか、ヒロさんにこんなところで会えるなんて」
そう言って上條の顔を覗きこんだ途端に野分の顔から笑みが消えた。
「どうしたんですか?」
「え?」
何を言われてるのか分からずにいる上條の頬に野分の大きな手が添えられた。
「ヒロさん、どうして泣いてるんですか?」
優しく目尻を指でなぞられて、自分が泣いていたことに上條は初めて気がついた。
「えっ、あ、これは」
お前のせいで、とも言えず慌てる上條の服装から、大学からの帰りだということに気づいた野分はポツリと呟いた。
「宮城教授ですか?」
「へ?」
教授のせい、というわけではない。けれども元はと言えば教授のせいのような気もする、と真面目な上條が答えに窮していたのが肯定ととられたらしい。野分は眉をぎゅっと寄せてひどく悲しい顔をした。
「何かされたんですか?だったら正直に言って下さい」
「野分」
「俺はヒロさんがどんな目にあったとしても嫌いになんかなりませんから。でも教授のことは許しません。なんなら今から」
「野分っ」
「はい」
「落ち着けって。俺は別に教授に何かされたわけではない」
「じゃあ、なんで泣いてたんですか?」
ジッと真っ黒な瞳で見つめられる。
「星座が」
「星座?」
「教授の趣味が星占いなんだよ。それで」
「それで、どうしたんですか?」
「お前の星座を考えてただけだ」
「それだけなんですか?」
「そうだよ!悪いかよ」
口に出したらひどく滑稽な気がして、乱暴に野分の腕を払うと上條はマンションへと続く道を歩き出した。
「ヒロさん」
「なんだよ」
「ヒロさんは何座なんですか?」
「俺は何だっていいだろ」
「俺はヒロさんと相性のいい星座がいいです」
「なんだよ、それ」
いつもと変わらない野分の様子に上條の歩く速さが少しずつ遅くなっていく。
「だって、どうせちゃんとは分からないならその方が嬉しいです」
「野分」
「はい」
「お前、バカだな」
「ダメでしたか?」
上條の足が止まり、野分を見上げた。
「誕生日も、星座も、血液型も関係ねぇ。俺と合うかどうかなんてお前は占ったりする必要はない」
「どうしてですか?」
「俺は占いは信じてないんだよ。それに今さら、そんな必要もねぇだろ」
「えっとそれは、俺とヒロさんは相性がいいっていうことですか?」
「そういう恥ずかしいことをわざわざ言うなって言ってんだよ!ボケカス!」
直球すぎる野分の言葉にいたたまれなくなったせいで、さっきよりもさらにスピードを上げて上條は歩き出した。
「ヒロさん、待ってください」
大体、こんな自分のことを追いかけてくるようバカはお前以外にいねぇだろうが。
そんなことをうっかり考えてしまって、さらに恥ずかしさが加速していった。
照れた上條を野分が追いかけ続けたせいで、二人で競争しているかのように歩いてしまい、マンションの入り口に着いた頃にはすっかり汗ばんで息が上がってしまっている始末だった。
「ヒロさん、とりあえずシャワー浴びましょうね」
「だな」
互いの汗だくな姿に顔を見合わせて笑いながら玄関へと入る。
「それと、確かめたいことが一つ」
「ん?」
上がり框のところで抱きしめられた上條はふわりと立ち上がった野分の汗の匂いを深く吸いこんだ。
「身体の相性はどうですか?」
腰に手をまわして、囁いてくる野分の声が耳朶を震わせながら身体の奥へと沁みていく。
「ンなこと…聞くなバカ」
俺がどうなってるかくらいちゃんと察しろと心の中で思いつつ、背中に手をまわした。
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