frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
甘すぎるお返し
ホワイトデーのお話
2016.3.
「うおっ」
あと少しで終わり、というところで激しく撥ねた油に不意を打たれて大きく後退った。
こんなに危ないものだったのか?
ガスの火を切って、ようやく緊張から解き放たれ、弘樹は検索した料理サイトを表示しているパソコンの画面を恨めしげに眺めた。
そこには『誰でも簡単』とカラフルな文字が踊っている。
どこが簡単なんだよ、とツッコミを入れて時計を見ると、レシピに書かれていた調理時間の目安を軽く二倍は過ぎてしまっていた。食器棚を開けて皿を選ぶ。野分はいつもやたらと要領よく三品くらい作ってしまうけれど、あれはいったいどういうワザなんだろう。
一応、シンクの横のザルの中では洗ったベビーリーフと千切ったレタスが水を切られている。これはいたって簡単なものだったが、念のため一番初めに作っておいたせいで少しばかり元気がなくなっている気もする。それでも炊飯器のスイッチも忘れずに入れているし、やり残したことはない。弘樹はちょっとした達成感に浸りながら揃いの皿を二つ手に取った。
そのとき、まるでタイミングを合わせたかのように、ガチャリと玄関のドアが開く音がした。続けてパタパタと足音が響き、勢いよくリビングのドアが開く。
外の空気と微かな病院の匂いがふわりと部屋の中に流れこむ。
「ただいまです」
「おかえり」
両手に皿を持ったまま迎えた弘樹の姿に野分の目が大きくなった。
「ヒロさん、その格好は」
「あー、メシ……出来てる」
「作ってくれたんですか?」
「たいしたもんじゃねぇけど」
久しぶりに一緒にとる夕飯に張り切り過ぎたのがバレてしまった気がして弘樹は乱暴にテーブルの上に皿を置いた。その背中に野分の身体が覆うように重なり、するりと腰に腕を回される。
「重いって」
「美味しそうです」
「まだ皿しか並べてねーだろ」
「美味しそうな匂いがします」
「ったく。腹減ってんなら、とっとと手洗ってこいよ」
「はい」
弘樹にグイと肘で横腹を押されてようやく離れた野分を洗面所へと向かわせると、弘樹は並べた皿に出来たばかりの唐揚げを盛りつけはじめた。
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「おいひいです」
「そっか」
口の中に入れた唐揚げの熱をハフハフと逃しながら笑う野分の言葉にホッとしながら弘樹も箸をのばした。
「それにしても」
少しばかりこんがりとしすぎている唐揚げをマジマジと見る。
「思ったよりも唐揚げってのはあぶねぇもんなんだな」
つい口にした言葉に野分の箸がとまった。
「何かあったんですか?」
「油が撥ねて」
「まさか、どこか火傷でも」
「いや、ちょっとびっくりしただけだ」
今にも全身くまなくチェックします、とでも言いそうな野分を制すると、弘樹はぱくりと唐揚げを口に入れた。
「だったらいいんですけど。気をつけて下さいね」
ガキじゃねぇんだぞ、と言い返そうにも、口いっぱいに鶏肉を頬張っている状態ではままならない。とりあえず睨みつけた弘樹と目が合った野分は苦笑いしつつ念を押した。
「火傷は本当にこわいですから」
「ん」
日々、いろいろな患者に接している重みが滲みでているその言葉に、さすがの弘樹もおとなしく頷いた。
「他になにか変わったことはなかったですか?」
「お前な、子どもの留守番じゃねぇんだぞ」
「そんなつもりで言ったんじゃないです」
「どうだか」
「ヒロさん」
眉を下げた野分の問いかけに、そういえばと思い出した。
「さっき、お前に荷物が届いた」
「荷物?」
「机の上に置いといたから」
「ヒロさん、まさかその格好で宅配便を受け取ったんですか?」
なんのことだと視線を下げて弘樹は首を傾げた。
「普通だろ」
野分がやや大げさにため息をついた。
「そんなかわいい格好で玄関に出ないでください」
「かわいい?」
「そのエプロンですよ」
「はぁ?これお前のだぞ」
弘樹がつけているのは黒のシンプルなデザインのエプロンで、もともと野分のものだ。エプロンなんて滅多につけないのだけれど、今日は油を使うからと思って借りただけで、かわいいなんて言われても納得できない。そもそもサイズも少し合ってなくて、今も肩紐がずりずりと落ちてきていた。
「俺のエプロンでもヒロさんがつけたらかわいいんです。危ないから玄関に行くときはエプロン外して下さいね」
「アホか。30過ぎの男が危ないなんて考えるお前の頭の方がよっぽどあぶねーんだよ」
レタスを口に突っ込んでバリバリと勢いよく咀嚼しながら鼻で笑った弘樹に本日二度目の野分の大きなため息が降り注いだ。
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風呂上がりの湯気を立てて弘樹がリビングへ入ると、夕方受け取ったダンボール箱の蓋が開いて置かれていた。
「それ、何だったんだ?」
「ネットで買い物をしたんです」
「へぇ」
ソファーにどさりと座った弘樹の濡れている髪の毛を野分がタオルでそっと拭き始めた。
「珍しいな」
「ヒロさんにです」
「俺に?」
箱のサイズから見て、本だろうか、と考えを巡らしているうちにようやくタオルから解放されて弘樹は俯いていた顔を上げた。
「はい、どうぞ」
にこりと笑った野分から受け取った箱は本にしては軽い。
「これって」
「ホワイトデーのプレゼントです」
「あ、そっか。ありがと」
バレンタインほどには大学の中も騒つかないし、忘れていたというか、貰えるとは思ってもいなかった。
「開けてみてください」
言われて開けた箱の中から出てきたものは、畳まれた白い布。広げてみるとそれはシンプルな形のエプロンだった。
「パンダ……」
エプロンの中で笑っているパンダに弘樹の目がぱっと輝いた。
「ヒロさんからパンダの下着を貰ったから、俺からもパンダでお返しです」
そう言いながら、野分がパジャマのズボンを少しずらして、履いている下着を見せてきた。
自分が贈ったトランクスを履いてくれているのが嬉しい反面、久しぶりに会った野分の引き締まった脇腹に目がいってしまい、慌てて目を逸らす。
「…ありがとな」
「ヒロさんもつけてみてください」
「今?」
パジャマ姿で怯んだ弘樹に野分がお願いします、とジッと見つめてくる。
またそれかよ、と思いながらも野分のその顔を見るとどうにも断りにくく、弘樹はパジャマの上からパンダのエプロンをつけてみた。
「似合います」
「なんか、子どもっぽくないか」
「そんなことないです。それに他の人に見せるものじゃないですし、大丈夫ですよ」
いや、そういう問題じゃない。これは俺の男としてのプライドの問題なんだと叫び出したくなった弘樹だったが、嬉しそうに笑っている野分の表情にグイッと口を曲げて、黙った。
「実はもう一つあるんですよ」
「もう一つ?」
差し出されたのはさらに小さな箱だった。
「ヒロさんに俺からも下着を贈りたくて」
てことは、コレもパンダの柄なんだろうか、と開けた箱から出てきたものに、弘樹は目を疑った。
「おい、なんだよコレ」
それは下着は下着でもトランクスではなく、ビキニ型で、やけに布が少ない。しかもその少ない布は黒いメッシュ素材で、白い紐が腰から後ろへと繋がっている、いわゆるTバックだった。
「白黒で、パンダっぽくないですか?」
「ねぇよ!しかもこれまるっきり透けてるじゃねえかよ」
「きっとよく似合います」
「変態…」
「ヒロさん限定ならそうかもしれませんね」
笑いながら野分の顔が近寄ってきて、耳元に熱い息とともに囁かれる。
「履いてみて下さい」
少しだけ掠れた声が鼓膜を揺すぶる。
「嫌だ」
「ダメ…ですか?」
「あたりまえだろ」
「ちょっとだけでもいいですから」
「ちょっとって」
「お願いします」
どうして俺はこいつのこの声に、この表情に、こんなにも弱いんだろう、と包みこんでくる体温にのみこまれながら弘樹はため息をついた。
「せめて、エプロンは外させろ」
「そうですね」
野分の大きな手が素早くエプロンを解き、パジャマのボタンを外していく。その指の動きにさえ昂ぶっているのが伝わってしまうのが恐くてぎゅっと目を閉じた。
「かわいいです」
どこをどう見たら、そんな台詞が出るんだと思いながら、甘いその声に気持ちがゆるりと解けていく。
ホワイトデーだっていうことでちょっとくらいは許してやろう
武士の情けってやつだからな
ありとあらゆる言い訳を自分自身にして、弘樹は野分へと腕を伸ばした。
『会えなかったバレンタインデーの分までちゃんとお返しします』と宣言していた野分のメールに気づいていなかったことを弘樹が後悔したのは、翌朝のこと。
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