frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
雪晴れ
遅刻しましたが、一応クリスマスなお話です。
モブというかオリキャラっぽい人がちょっといます。苦手な方は注意して下さい
メリークリスマスです!!
2015.12
マンションの自動ドアがゆっくりと開く。
はずみで流れた風に、エントランスの片隅に置かれている観葉植物の枝が、そしてその先につけられた小さなリボンが揺れたのが見えた。
年中置いてある鉢植えなのに、その緑の葉の中に赤や金色がつけられているだけで、辺りはクリスマスのムードになってしまっている。
マンションの建物から歩道へと降りていった弘樹の頬に木枯らしが当たった。
あまりの冷たさに思わず顔をしかめる。
凍てついた空気の中、吐いた息が白く浮かんでは消えていく。
ブーツにしたほうがよかったか、と少しばかり後悔しながら、弘樹は枯れ葉が音を立てて転がっているアスファルトへと足を踏み出した。
毎年のことではあるが、サンタクロースや星の形のオブジェでめかしこんだ街は、いつもと同じ時間、同じ道なのに、どこか浮かれたような空気が漂っている。そして、浮かれることのできない自分だけがおいていかれるような気持ちになってしまう。
マフラーに顔を埋めて足を速めた。
野分に会えない日数が記録更新中だ。
一緒に暮らし始めた頃から互いに忙しかったけれど、こんなに長いこと会えなかったことはなかった気がする。
昨夜、メールで頼まれた着替えを持って行ったときでさえ、弘樹の顔を見つけた若いナースが出てきて、「渡しておきますから」と病棟の入り口でバッグを取り上げられてしまった。
「お願いします」と下げた頭を戻した時には看護師は忙しそうにナースステーションに消えてしまっていて、弘樹は肩を落として引き返したのだった。
本当のことを言えば、着替えの受け渡しを口実に少しでも野分の顔が見たかったのに、顔どころか白衣の裾さえ見ることができなかった。
受付には伝えてあります、と確かに野分のメールには書いていたけれど、やはり病院側としては迷惑だったにちがいない。
小児科病棟に大人が近寄るのは良くないことは弘樹だって一応は知っている。それでも一目だけでもと思った淡い期待の残骸を引きずりながら帰るのは、思ったよりもキツかった。
暗い廊下をぬけて夜間救急用の出入り口を出たときに見えた病院は、夜空を背景に青白くそびえ立ち、まるで自分を拒絶しているように見えた。
いっそ野分の病院のことなんて自分には関係ないと割り切って過ごせたらいいのに、テレビでこの冬の流行りの病気が取り上げられているのを目にする度に、つい食い入るように見てしまう。
テレビ画面の中に映る白衣。小さな子どもの泣き声が響く診察室で聴診器をぶら下げている優しそうな医師の姿に野分を重ね合わせてしまう。
わかっている
ちゃんとあいつの仕事の大切さはわかっているんだ
泣き叫ぶ子どもの頭を優しく撫でて医師が言う。
「大丈夫だよ」
俺だって本当は
「泣かないで」
泣き出しそうなくらいに野分が不足している。
声が聞きたい
名前を呼びたい
長い腕で抱きしめられたい
広い背中を抱きしめたい
「野分・・・」
呼んだ名前に返事はなかった。
廊下の窓ガラスに映る自分の顔に立ち止まる。
目の下にベッタリとはりついた濃いくま、硬めの髪の毛もいつもよりションボリと垂れ下がってしまっている。
野分は伸びすぎた前髪をかき上げて、ため息をついた。
ヒロさんに会いたい。
昨夜は着替えを頼むメールを打ってみたけれど、ナースステーションに入った野分を待っていたのは見覚えのあるボストンバッグだけだった。
「草間先生、これ。着替えですって」
弘樹が直接渡してくれることばかり思っていた野分は驚きながら受け取った。
「これを持ってきた人は・・」
「私に頼んですぐに帰って行きましたけど」
最近入ったばかりの若い看護師はバッグを渡してきた後も野分の前から離れようとせずに、白衣の襟に手を伸ばしてきてなにやら直すような仕草をした。
「そう・・ですか」
もういないだろう、そう思いながらも野分は諦めきれずにナースステーションの窓から廊下の方へと視線を彷徨わせた。
ここしばらくヒロさんに会えてない。
目の前にいた看護師が看護師長に呼ばれて渋々と離れていったことにも気づかずに、野分は照明のおさえられた廊下の方をみつめていた。
帰宅もままならない状態が続いている。
仮眠は一応とっているし、体力にはそれなりの自信もある。それでも、どうにもならないことはいつも同じで。
ヒロさんが足りない・・・。
携帯電話の中の弘樹の写真を見てはため息をつく時間が多くなっていき、耐えられなくなっては、空き時間に弘樹にメールをしていた。
もしも弘樹が来てくれたなら、着替えを受け取りながら、一目会いたい。声が聞きたい。
まるで援助物資を待つような気持ちで着替えを頼めば、今までなら、弘樹は必ず顔を出してくれていた。
それなのにここ最近はいつもナースステーションにいる誰かが受け取ってしまっていて、結局バッグだけが二人の間を行き来している。
(ヒロさんも忙しいんだろうか・・・)
届いたバッグを手にロッカールームへと入り、ファスナーに手をかけた。
弘樹の私物であるバッグから仄かに馴染みのある香りが漂ってきた。
それだけで、心拍数が上昇するのがわかる。
「ヒロさん・・・」
野分は、バッグをぎゅうっと抱きしめた。
本当にどうしようもなく、会いたかった。
「なんだまだいたのか?」
例によってノックもなしに研究室のドアが開き、冷えた空気と煙草の匂いが流れこんできた。
弘樹はパソコンの画面から視線を外さずに返事を返した
「自分の研究室にいるのは当然でしょう」
自分の研究室よりも弘樹の研究室にいることが多い上司の宮城に対して皮肉をこめたつもりだったが、その宮城から返ってきた答えは意外な言葉だった。
「お前、天気予報見てないのか?」
「天気予報?」
手を止めて窓を見る。
しかしそこに見えたのはやけに静かな空だけで、特に何か降ってはいない。
首を捻った弘樹の肩に宮城の腕が乗ってくる。
「今夜は雪が降るかもって話だぞ」
「えっ?」
雪という言葉に立ち上がって近寄った窓ガラス越しの冷気にぶるりと震えた。言われてみれば研究室の中もいつもより暖房の効きが悪いようだ。
「無理せずに早めに切り上げて帰ったほうがいいぞ」
「ありがとうございます。そうします。」
いつになく真面目な宮城の提案に頭を下げる。
(残った仕事は家でやればいいか)
そう決めてパソコンを閉じ、持ち帰る資料を鞄に詰める。
「まあ今夜なら降ったら降ったで盛り上がるんだろうけどな」
どこか楽しそうに灰色の空を見つめている宮城の言葉に、家で一人過ごす夜の寒さを思って弘樹は思わず小さなため息を零した。
◇◇◇
駅へ向かう人波の中を歩く弘樹の鞄の中で携帯電話が震えた。
着信を伝えてきた画面に思わず足を止める。
「もしもし・・」
「あ、ヒロさん。今、大丈夫ですか?」
久しぶりに聞く声に、冷たかった耳朶の温度があがり始める。
「どうした?」
野分が電話なんて珍しい、と嬉しい反面なにかあったのかといくばくかの不安が湧きあがる。
「昨日はありがとうございました」
「あんなもんで足りたか?」
「あの、」
「ん」
口ごもる野分に先をうながす。
「実は、足りないものがあって」
「マジか?悪ぃ」
ちゃんと全部詰めたつもりだったのに、何か入れ忘れていたんだろうか、と頭の中に昨日詰めた荷物を思い出してみる。
「はい、大切なものが一つ」
「何が足りねぇんだ?」
今から間に合うなら、と焦って携帯電話を握りしめた弘樹の耳に甘い声が流れこんだ。
「ヒロさんです」
「は?」
一瞬、周りの音が途切れた。
「ヒロさんが足りません」
囁くようなその声は電話越しに鼓膜を揺らし、心臓を跳ね上げ、目の奥を熱くし、指先を痺れさせた。そして家路を急ぐ人の波も、途切れることのない車の音も、街に流れるクリスマスソングも、なにもかも消えて、まるで世界中に俺たち二人しかいないような感覚に流されそうになった。
「・・・アホか」
弘樹はやっとのことで返事をした。
「えっ?なんですか」
小さくなった弘樹の声が聞き取れなかったらしく、野分が慌てている。
「ヒロさん?」
見ないようにしていた街路樹のイルミネーションが滲んだように輝いている。
「今から」
「はい」
「今から持って行ってやる」
乱暴にそう言うと、弘樹は電話を切ってまた歩き出した。
まさか二日続けて来ることになるとは・・・
勢いで来たものの、眉を寄せながら弘樹は野分の勤務先の病院の入り口をくぐった。
昨日の今日では、さすがに病棟には顔を出しづらい。『一階のロビーにいる』と野分にメールをうつと、馴染んでしまった病院の中を進んだ。
診察時間を過ぎた人気のない廊下を通り抜けて、たどりついた外来用のロビーは照明が落とされているものの、高い天井にまで届きそうなクリスマスツリーだけは薄暗がりの中でぼんやりとした光りを放っていた。
ツリーを見上げながら弘樹は並んでいるイスの一つに座った。
空調は全館で効いているようで、人がいないといっても寒いわけではない。それでも無人の受付があるだけで、通りかかる人もまばらなロビーはやはり寒々としていて、思わずぶるりとコートの肩を震わせた。
メールの返事がない携帯電話をコートのポケットに入れる。
来たのはいいけれど、この様子だと今日も無理かもしれない、と半分諦めながらも、会える期待も捨てきれず、ツリーをぼんやりと見上げていると、後ろから足音が近づいてきた。
もしかして、と振り返った先にいたのは背の高い白衣の姿ではなく、紺色のカーディガンを羽織った小柄な若い看護師だった。
ジロジロと見られて、気まずく目を逸らそうとした弘樹の元に真っ直ぐ、靴音も荒く近づいて来る。
そうして、突然のことに焦る弘樹の前に立ったと思ったら、前置きもなく切り出した。
「あの、草間先生を待っているんですか?」
「えっ」
突然、飛び出した野分の名前に飛び上がる。
もしかして野分と同じ小児科のスタッフなのか、と看護師の下げてる名札へ目をやった弘樹に、畳み掛けるような言葉が浴びせられた。
「今日は何の用なんですか?」
「俺は・・・」
野分に呼ばれてきたのだ、と喉元まで出かかった台詞を飲み込む。
野分の職場に用もなく来たことの理由なんて、説明できるわけがなかった。
「こんなところで待っていられたら、忙しい先生には迷惑だと思うんですけど」
自分より年下に見える若い子に、面と向かって迷惑だと言われてびくりと肩が揺れた。
すみません、と口の中で呟くように言って立ち上がる。
「何か用事があるんなら、私が代わりに」
なおも話し続ける看護師を振り切るように、ぺこりと頭を下げると鞄を肩にかけた。
帰ろう
出口へと歩き出した弘樹の背中に声が聞こえた。
「上條サーン」
まさか、と思いつつ、声のした方をみる。
「久しぶりですねー」
白衣の裾をひらひらさせながら、手を振って近寄ってきたのは野分の指導医の津森だった。
◇◇◇
外来受付のロビーに一人ぽつんと座っているコートの姿を見つけて笑みがこぼれた。
上條さんに会うのはずいぶんと久しぶりのような気がする。
最近見かけないな、と遅くなった昼食を取りながら野分にたずねた時は
「俺も全然会えなくて」
としょぼくれた後に、先輩は会う必要ないです、なんて生意気なことを言われたばかりだったから、思わず嬉しくなる。
また先に会っちゃったな、とまだ休憩に入れないでいる野分には一応心の中で謝って、ツリーの下に座る上條さんに近づいていこうとすると、俺より先に近づいている人影が見えて、足を止めた。
あの人に野分以外の知り合いなんていたっけ?
しかも、女の子じゃん。
最近見かけないのはそういうことだったりするワケ?
珍しい場面を目の前にして、色々な可能性を考えてみた。けれどもどれも俺の知ってる上條さんらしくはない気がする。
それでもクリスマスってやつは誰にでも思いもかけない魔法をかけるものだったりするから。
あの人にいったいナニが起きているんだろう
興味半分で二人の方へ近づいていく。
人のいないロビーは思っているより声が通る。すぐに座っている上條さんに話しかけているやや興奮気味な看護師の声が聞こえてきた。
「忙しい先生には迷惑だと思うんですけど」
なるほど
よく見ると相手はうちの科の看護師だ。最近入ってきたばかりの若い看護師が野分にやたらベタベタしている、という噂は俺の耳にも入ってきていた。
もっとも当の野分はベタベタされていることにさえ気がついていないようだったから、特に注意もしなかったんだけど、まさか上條さんの方にまで飛び火しているとは思わなかった。
やけにキツい言い方をされているのに言い返しもせずに、すみません、と頭を下げて立ち去ろうとする背中に声をかけた。
「上條サーン」
多分、悪い人ではないんだろう。
野分は津森を先輩と呼んで尊敬もし、自分たちの関係について話すほど懐いてもいるくらいなのだから。しかし、弘樹にはどうにも津森に対するニガテ意識が抜けない。
例によって医師というにはやけに明るい色の髪の毛を揺らしながら笑っている。こうやって笑いながらどこか自分のことを見透かしたような、からかうような態度をとるところがニガテなところなのかもしれない。
しかも、よりによってこんな誰にも見られたくなかった場面で呼び止められるなんて、と頬を引き攣らせた。できたら今すぐに立ち去りたい、と思いつつ無視するわけにもいかずに返事をする。
「どうも・・・」
「最近見かけなかったッスけど、どうしたんですか?」
ぐいと距離を詰めてきて、何かを探るように瞳を覗きこまれる。
目を逸らして床の模様をみつめた。
「別に」
「上條サンに会えなくてさみしかったなあ」
「俺はさみしくないです」
からかうような言い方に思わず顔を上げる。
「遠慮しないでいつでも会いに来てくれたらいいのに」
不意に目の奥が熱くなった。
きっと、俺は誰かにそう言ってもらいたかったんだ。
「・・上條サン?」
俯いた俺の頭の上に声が落ちてきて、手がそっと肩に乗せられた。
思いがけない優しさに身体が震えそうになる。
次の瞬間、ロビーに声が響いた。
「ヒロさんっ」
パタパタと駆け寄ってきた野分は、向かい合っていた津森の腕を乱暴に払うとぐいと肩を抱き寄せた。
久しぶりに触れた野分の手の熱がコートを通して伝わる。
あいかわらずあったけぇな、なんて不覚にも思ってしまった弘樹の視線の先にさっきの看護師がいた。
「やめろって」
野分の腕からから逃げ出すと、出口に向かって駆けだした。
[newpage]
一段落したのを見計らって休憩をもらおう。
そう思っていたのに、先に津森先輩が出て行ってしまい、また抜けるタイミングが遅くなってしまった。
ようやく休憩をもらって廊下に出た途端走り出しそうになる。師長さんと目が合って、また歩き始めながらも気持ちは下に来ているヒロさんの方へと流れていってしまう。
エレベーターを待つのもまどろっこしく、階段を駆け下りた。
いた。
薄暗い灯りの中、コートを着たヒロさんの姿が見えた。
けれども一人ではない。
横に立つ白衣の姿にざわりと心が毛羽立った。どうしていつも、俺より先にヒロさんに会ってしまうんだろう。
少し苛立ちながら駆け寄ろうとした時、先輩がヒロさんの肩に手を置いたのが見えた。
俺のヒロさんの肩に、俺以外の人の手が。
「ヒロさん」
名前を呼ばれて俺の方を向いたヒロさんはまるで、今にも泣き出しそうだった。
銀色のツリーの下に駆け寄る。
見上げてきた薄い茶色の瞳が揺れている。
先輩の腕を払って、抱きかかえた身体はものすごく冷たかった。
「やめろって」
思わず力をこめた俺の手を振り解くとヒロさんは逃げるように走っていってしまった。
「先輩、後でちゃんと聞かせて下さい」
俺は津森先輩に言い放つとヒロさんを追いかけて出口へと向かった。
逃げるように外へ出て、ほっと息をはいた。
頬にあたった冷たさに空を見上げると、まるで白い羽のように雪がふわりふわりと落ちてきていた。
次々に落ちてくる白い雪が触れてはとけて流れていく。
「ヒロさん」
白衣のままで外に走り出してきた野分が駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?」
真っ黒な髪の毛にも、見つめている黒くて長い睫毛にも白い雪がのっている。
「悪かったな」
「どうして謝るんですか?まさか、先輩と何か」
「バカなこと言ってんじゃねぇよ」
なにやら必死な顔に思わずポカリと頭を叩いた。
「じゃあなんで」
「こうやって俺が来るたびに仕事の邪魔してるだろ、だから、」
野分の腕が背中に回り、すっぽりと抱きしめられた。
「そんなことはありません」
「迷惑だろ」
抱きしめている腕の力が強くなる。
「そんな風に思ったことはありません」
「お前はよくっても他の人が」
「ヒロさんは俺のことだけを考えてたらいいんです。他の人はどうでもいいです」
「いいわけねぇだろーが」
子どものような我儘な言い草に呆れながらも嬉しくなって自分から胸元に顔をおしつけた。
「ヒロさん」
嬉しそうに名前を呼ぶ声に、ついうっとりと目を閉じそうになった、その時、目の前の白衣に、ここがどこなのかを思い出した。
慌てて身体を離して、辺りを見回す。
「ヒロさん?」
「こんなところでアホなことするんじゃねぇ」
「ええー、さっきはヒロさんだってその気に」
「そんな気にはなってねぇ!」
カッとなって蹴りをとばした足が雪で濡れた地面にとられてバランスを失った。
「うわっ」
「危ないですよ」
ぐらりと揺れた身体を咄嗟に手を出した野分に助けられる。うるせぇと睨み返した弘樹の頭の雪を大きな手のひらが優しく撫でるように払っている。
「俺も仕事残ってるし、帰る」
そう言いつつ、つられて手を伸ばして野分の髪の毛の雪を払う。
「プレゼントありがとうございました」
「プレゼント?」
伸ばしていた手がそっと握りしめられる。
「ヒロさんが来てくれたのが俺にとってはなによりのクリスマスプレゼントです」
嬉しそうに笑う顔から目を逸らした弘樹の頭に温かな唇が触れた。
「気をつけて帰って下さいね」
「ガキ扱いすんな」
「風邪引かないように温かくして下さいね」
「わかってるって」
いつまでも続きそうな野分の心配を払うように握られてる手を握り返してから、ゆっくりとはなした。
「お前も戻れよ」
軽く手を上げて、追い払うような仕草をすると弘樹は歩き出した。
駅へと続く道はあいかわらず賑やかで、チカチカと瞬く光の中をサンタの格好をしたデリバリーのバイクが駆け抜けて行く。
朝よりも少し素直な気持ちでクリスマスを祝いながら、もう一度振り向く。
青白くそびえ立つ病院が見える。あの灯りの数だけ頑張っている人と、自分だけのサンタクロースへとエールをおくると、弘樹は雪のやんだ夜の道を歩き出した。
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