frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
願い事
七夕のお話を、と思って頑張ったのですが遅刻しました。
純ロマアニメ3期、おめでとうございます!!
エゴもありますように…
M大学の学生食堂は今まさに昼休みの真っ只中にあった。
ランチのトレーを手に空いている席を探す者、財布の中身を見ながら真剣にメニューを選ぶ者、友人を探している者、様々な学生たちが行き交い、笑い声や話し声が響いている。
「ごちそうさまでした」
ぼんやりしていたら肩がぶつかる位に混雑するこの時間帯を避けて食べ終えていた上條は、空になった食器を下げて厨房へと律儀に声をかけると、足早に出口へと向かっていた。
眼鏡をかけ、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を向いて歩くその姿を見た学生は皆一様に緊張して足を止める。そのため混雑しているはずの学食の中でもさながらモーセが杖で海を分けた時のように、自然と左右に人が避けた形になり、上條の目の前には道ができていく。
自分の目の前がそんなことになっていることに気づきもせずに歩いていた上條は突然足を止めた。
一瞬強く吹いた風とともに、ひらりと目の前に舞い降りてきたものへと手を伸ばす。
それは小さな穴のあいた細長い紙だった。
手にした紙を何気なく裏返した上條の白いこめかみに青筋がピキッと音を立てて浮かんだ。
その紙に書かれていたのはたった一文。
『上條が単位をくれますように』
なんなんだ、これは。
怒りに肩を震わせながら紙が落ちてきたと思われる方向を見ると、学食の横の掲示板のあるスペースに、天井にぶつかる位に立派な笹が飾られている。そこには色とりどりの紙で作られた飾りとともに、短冊が下げられていた。
上條のへの字になっていた口元が少しだけ柔らかくなった。
もうそんな季節になったんだな
握りつぶしかけた紙を伸ばして持ち直すと笹へと近づいていった。
『ご自由に』というプレートともに短冊とペンと紙縒りがテーブルにのせられて、笹の隣に置かれている。
紙縒りを手に取ると、拾った短冊を枝へとつけ直した。
言葉には想いが宿る。
願い事、例えそれが七夕に相応しかろうとなかろうとも、他人の願い事を勝手に潰すようなことはしたくなかった。
若干シワが入ってしまった短冊は風に吹かれてさらさらと揺れている。
それにしても、と他の短冊を眺めた上條の肩が落ちる。
『彼女ができますように』
『内定下さい』
『家族が健康ですごせますように』
などといったものは、まあ、わからなくもない。
しかし、
『お金が欲しい』
『単位ください』
『卒業できますように』
これはどういうことなんだ。
一応大学生なんだから、もう少しまともな願いはねぇのかよ
そう思って呆れていると、後ろから声がした。
「上條〜、お前人気あるなぁ」
「宮崎教授、それはなんのイヤミですか?」
振り向かなくとも、自分の上司である宮城教授の声だと分かった上條はたっぷりと棘を含んだ声で返した。
上條の肩に後ろから腕が回されてくる。
「だぁって、ほらー見てみろよー。短冊にお前の名前がこーんなにたくさんあるぞ」
そう言って宮城が指差す方にある短冊をよく見るとそこには
『上條の単位を落としませんように』
『上條先生、レポート通してください』
『上條の単位下さい』
『上條先生の単位が欲しい』
『上條先生に名前を覚えてもらえますように』
自分の名前が書かれた短冊がそこらじゅうに揺れていた。
なんなんだ、これは。
唖然としながら、もう一度その文字を眼で追う。
とりあえず、学生の分際で教師を呼び捨てにしてるような奴は問題外だ。それから単位はそもそも『下さい』とかいうもんじゃねぇだろ。そんでもって最後のほうのはさらに意味がわかんねぇ…。
心の中でいちいちツッコミを入れながら、上條の眉間にはビシビシと深いシワが刻まれていく。
「この上條シリーズ、探したらもっとありそうだなぁ」
「探さんでいいです!」
どうせ、単位に関するものばかりだろうと予想がついた上條は怒りに任せてそう言うと、ついでに纏わりついていた宮城の腕も振り払った。
「それで、上條は書かないのか?」
暢気に短冊とペンを持っている宮城を置き去りにして、出口に向かいながら上條は厳しく言い放った。
「書くわけないでしょう」
こわーい、と言いながら短冊にペンを走らせている宮城をそのままにして、一人建物の外へと出て歩き出す。
ずいぶんと湿っぽい風を頬に感じて空を見上げた。
厚い雲が空を覆っている。
この様子じゃ今夜の天の川は拝めそうにもない。
俺たちと同じか-----。
うっかりそんな乙女チックなことを自分が思ったことに気がついた上條の首すじには血が上り、みるみるうちに耳まで赤くなっていった。
違うだろーが!
倒れこむように眠りについていた野分の姿を思い出す。
あんなになるまで仕事を頑張っている野分は、いちゃいちゃし過ぎて仕事をおろそかにしたような織姫と彦星なんかとは断じて違う。
大体、どっちが織姫なんだって話だ。
俺か?俺なのか?
ったく、ふざけんなってんだ。
「バカヤロー」
誰にぶつけたらいいのかもわからない支離滅裂な怒りを抱えながら、上條は荒々しく歩いて行った。
[newpage]
「くさませんせーい」
勢い良く廊下を走ってきた女の子が野分の白衣にしがみついた。
「どうしたの?」
しゃがみこんで目を合わせた野分の鼻先に赤い紙がヒラヒラと揺れる。
「せんせい、これ、つけて!」
そこには黒いマジックでたどたどしくも、丁寧に願い事が書かれている。
ああ、そうか。七夕だったんだな。
連勤に次ぐ連勤で、もはや曜日の感覚がおかしくなっていた野分は日にちすら曖昧になっている自分に苦笑いをした。
「せんせい、お願い」
「いいよ」
「いっちばーん上にね!お星様に近いとこにね!」
「届くかなぁ」
「くさませんせいなら届くよ」
跳ねるように歩く様子に、順調な回復を感じて嬉しく思いながら並んで歩いて行く。
小児病棟の入り口に飾られている笹が見えてきた。
スペースの都合もあって、それほど大きなものではない笹は子どもの手作りと思われる色々な飾りと短冊に覆われて、新たな短冊を付ける所を探すのに困るくらいにカラフルになっている。
それでも上の方は子どもには届かないらしく、まだ緑色の笹が見えていた。
野分は背伸びをすると一番上の枝に短冊をつけた。
「せんせいありがとう」
そう言って笑った顔が、窓の方を見て固まった。
「雨…」
振り返ると窓ガラスに当たった雨粒が水玉模様を作り始めていた。
朝から重苦しく垂れ込めていた雲から雨が落ちてきたようだ。
瞬く間に雨脚が強くなっていく。
「これじゃあ織姫さまと彦星が会えないね」
残念そうな子どもの声が野分の耳から入りこみ、胸の奥を揺すぶった。
1年ぶりに愛する人に会える日。
その言葉と窓ガラスに当たる雨の音が耳の奥で共鳴する。
会えなかったあの長い長い日々が突然甦り、野分の胸を抉る。
会うどころか声すら聞くことができなかったあの辛く切ない日々を自分がどうやって乗り切ったのか、今となっては不思議でしかたがなかった。
あまりにも好きで、だからどうしようもなく不安で。
追いかけることに必死になりすぎて、ヒロさんの気持ちが見えなくなっていた。
追いつきたい一心で努力していたはずなのに、追いつくどころか失うところだった。
じゃあ今は?
今はヒロさんの気持ちを俺はちゃんと掴めているんだろうか。
気がつけば何日ヒロさんの顔を見ていないんだろうか…。
ヒロさん
ヒロさん、ヒロさん、ヒロさん
「くさませんせ?」
呼びかける子どもの声にボンヤリとしてしまった意識を慌てて戻す。
「何?」
「せんせいも何かお願いした?」
あと少しだけ残っている短冊が笹の横に置いてある。
「そうだね。お願いしておこうかな」
野分は短冊とペンを手にすると迷うことなく書き上げた。
そうしてその黄色の短冊を笹の上の方へとつける。
「晴れるといいね」
そう言ってまた二人で窓の外を見上げた。
空調の風に笹の葉が微かに揺れている。
野分の書いた短冊もゆらゆらと風に揺れていた。
[newpage]
傘を持ってきておいてよかった。
窓を打つ雨の音を聞きながら、上條は黙々と文献を取り出していた。
ドサリと腕の中の本を机の上に置き、手元のリストを確認し始めると、見ていたかのようなタイミングでドアが開いた。
「かーみじょー、資料揃ったか?」
「教授、ほんっとに何回言ったらわかるんですか!もう少し計画的に」
「あーわかった、わかったから。今度こそちゃんとするから」
「ったく。突然言われるこっちの身にもなって下さいよ」
「で、揃ったのか?」
「あと一冊ですよ」
「さーすーが俺の上條だ。仕事が早いなぁ」
そう言って後ろから抱きしめようとした宮城をすり抜けて上條はドアへと向かった。
「残りの一冊は図書室みたいなんで、探してきます」
「お、そうだったか?悪いなー」
煙草に火をつけた宮城を横目に廊下へ出て図書室へと歩き出す。
帰ろうとしたところへ急に頼まれて資料整理を始めていたせいで、仕事の予定が大幅に狂っていた。
静まり返った廊下に自分の靴の音だけがやけに響く。
この分では思ったよりも遅い時間になりそうだ。
他の研究室の明かりも消えた薄暗い廊下を歩き、図書室へと入った上條は早速目的のものをみつけて、ホッと息をついた。
窓に当たる雨の音
夜の図書室
突如あの日のことが鮮明に思い出されて、恥ずかしさと懐かしさとがこみあげてきた上條はどうにもいたたまれなくなってきて、急いで資料を手に廊下へと戻った。
今日も会えないのはわかっている。
じゃあ明日は?
いつになったら野分に会えるんだろうか。
ったく、女々しいったらないな。
自分に舌打ちをしつつも、誰もいない廊下で立ち止まって、ポケットから携帯電話を取り出して電源を入れた。
新着メールの通知を見て、画面を開いた上條は眉間にシワを寄せた。
「アホ…」
送られてきた画像は野分が書いた短冊。
携帯電話を閉じて歩き出した上條の頬はうっすらと赤みを帯びていた。
とにかく、今日はもう帰ろう。
そう思いながら最後の資料を手にドアを開けた。
「教授、資料ありました…よ」
「かかか上條!」
上條の目に入ったのは宮城教授に学生らしき男の子が抱きついている場面だった。
一瞬、ウチの学生か、と思い慌てたが、振り向いたその顔には見覚えがあった。
確か高槻学部長の息子の、忍くん…。
鋭い視線は相変わらずだ。
ウチの学生でないとしても、完全に気まずい場面に遭遇したことに変わりはない。とはいうものの二人の関係を知らないわけではないし、と思い直した上條は普通の対応をとることにした。
「えーっと、俺はもう帰りますね」
そう言うと何も見てないようなフリをして自分の机に向かう。
「上條、遅いし、なんなら俺の車で送って」
さすがに宮城からは離れたもののそばで上條の一挙手一投足をみつめていた忍が「送る」という宮城の言葉に反応して、ものすごい眼で睨みつけてきた。
俺はなんで、こんなにもこの子に嫌われてるんだろうか…。
苦笑いをしながら自分の鞄を手にする。
「子どもじゃないんだから一人で帰れますよ」
明らかにホッとした声の宮城が頭を掻いた。
「あー、今日は悪かったな、遅くまで」
「悪いと思ってんなら、次は計画的にお願いします」
そう言って研究室から出た途端、中からは何やら言い合うような声が聞こえてきた。
「急に何しに来たんだ」
「理由がなきゃ来ちゃダメなのかよ!」
漏れ聞こえてくる二人のやりとりに、珍しく焦っていた宮城の姿を思い出して笑いながらも、どこか羨ましいと思う自分がいた。
俺もあんな風に真っ直ぐに自分の気持ちを伝えることができたなら、よかったんだろうか。
傘を手に外へ出たら、あんなに激しく降っていた雨はいつの間にか止んでいた。
見上げた空には星が光っていた。
上條はもう一度携帯電話の画面を開いた。
[newpage]
……来てしまった。
夜の空を背景にした病院の白い建物を前にして、上條は立ちつくしていた。
夜とはいえ灯りのついた窓が多い。
それでも昼とは違う静かさに包まれているここにはどうにも入っていきにくい雰囲気がある。
門の前でしばらくウロウロと歩き回り、躊躇っていた上條は顔を上げると早足で入っていった。
そうして夜間救急専用の入り口の方へと向かい、また、立ち止まった。
やっぱり、おかしいよな。
着替えを持ってきたわけでも、用事があるわけでもなかった。
ちゃんとした理由もないのに仕事中の人間を呼び出せるわけもない。
雨上がりの濡れた道路を見下ろす。
本当は理由ならある。けれどもそれは余りにもくだらなすぎて、死んでも言えるわけがなかった。
帰ろう。
自分のやってることのバカバカしさに呆れながら上條は来た道を戻り始めた。
肩に鞄を掛け直し、外の道路へ向かって病院の敷地の中を歩いていく。
暗がりの中にボンヤリと白っぽい影が浮かんだ。
街頭の灯りの下、誰かがこっちへ向かって歩いてくる。
一歩一歩歩くにつれ、だんだんと距離が縮んでいき、ぼんやりしていた影がはっきりとしてきた。
白っぽい影と思ったのは白衣だった。
そして夜の色よりもさらに濃い黒い髪。
いつもよりゆっくりと動いている長い手足からは疲労の色が滲み出ている。
その様子に上條の口がぎゅうっとへの字に結ばれた。
俯きながら歩いていた白衣の男の顔が前を向き、上條と視線がぶつかった。
と思った次の瞬間、ものすごい勢いで走ってきた。
あっという間に上條の身体はその大きな白衣の中に巻き込まれた。
「ヒロさん」
頭の上から降ってきた声。
身体に巻きつく腕から伝わる体温。
白衣に染みついた消毒薬の匂いと、そして野分の匂い。
全てを一気に身体中で感じてうっとりとして、そして上條は思いっきり拳を握りしめた。
「外でなにしやがる、このボケ!」
夜分なので、声は幾分控えめに、しかしその拳は情け容赦なく野分の頭にヒットした。
殴られた野分はうれしそうに笑いながら、さらに上條を抱きしめた。
「ヒロさん、痛いです」
「だーかーら、離せって言ってんだよ!アホ!」
「少しだけ」
余裕なく掠れた声に耳が震えた。
灯りの少ない夜の病院の庭で、しかも雨上がりのこんな時間に通りかかる人もいやしないか。
上條は暴れるのを止めて、目を閉じた。
すぐそばの道路を通る車の音も、聞こえてくる街のざわめきも聞こえなくなって、野分の胸の鼓動だけが聞こえる。
「願いが叶いました」
「バカなことを短冊に書いてんじゃねぇ」
『会えますように』
俺も叶った、と声には出さずに、雨上がりの星空の下、上條はそっと白衣の背中に手を回した。
天の二人も会えているといい
素直にそう思いながら、その指先に力をこめた。
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