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当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。

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忍ぶれど④

中学を卒業した野分は宇佐見家の忍者として働き始めるのだが……。
                                                                                                                                2020.1.3


「いらっしゃいませ」
「わっちゃん、元気にしてたか?」
「山さん!」
「おいおい、また大きくなったんじゃないか」
「そうですか?」
「花もエプロンも良く似合っているなぁ」
 山さんはニコニコと優しい笑顔を俺に向けながらも、さりげなく店の中の様子を見ている。
「どうしたんですか?」
「そりゃあ花を買いに来たんだよ」
「あっ、ありがとうございます」
「女房の誕生日だから花を贈ろうかと思ってな」
「はい。何にしますか?」
「その白いのがいいな。あとこっちのピンクと」
 山さんの選んだ花を手に取ってまとめていく。
「すっかり板についたもんだな」
「はい」
 宇佐見家の忍者として本格的に花屋で働き出したばかりの頃、俺は草間園に足を運ばなくなっていた。
 忍者の仕事には満足しているけれど、雇われていたはずの宇佐見家から出て、違う仕事に就いている理由を園長先生に説明する訳にはいかない。守秘義務という壁の前に途方に暮れた俺は、嘘をつくくらいなら会わない方がいいと思っていた。だから、仕事が忙しい、という言い訳を重ねては園長先生に会うことを避けていた。
 そんな時、ひょっこりと花屋に現れたのが山さんだった。
「元気そうだな」
「はい」
気まずさに身体が強張る。
宇佐見家の仕事を紹介したはずの俺が、宇佐見家ではなくここで働いていることについて、山さんはどう思っているんだろうか。表向きは宇佐見家の仕事を辞めて、ここで働いていることになっている。けれど、本当に辞めた訳ではないということをどう説明したらいいんだろうか。色々なことでいっぱいになって何も言えずにただ俯く俺に山さんは一言、「聞いたよ」と言ってくれた。さらには「園長先生の方にはうまく説明しておいたから。安心しておいで」と笑ってくれた。
その言葉から、今の俺の本当の仕事を知っていることがわかって肩からゆっくりと力が抜けていく。黙って頷くと、山さんは俺が作っていたミニブーケを買っていってくれた。
 あれから一年半、山さんのおかげでまた訪ねるようになった草間園で偶然会うこともあった。けれど、花屋に来てくれたのは二度目だ。
 山さんが選んだ花を整えていく。なかなか豪勢になった花束にセロファンと和紙を使ってラッピングをし、赤いリボンをかけた。
「これでどうですか?」
「いや上手いもんだな」
「ありがとうございます」
 花束を持って店先まで一緒に出る。
「今は、仕事はここだけじゃないんだろ」
「はい。あと、新聞配達とかスーパーの仕事もしてます」
 フラワーアートで働きだして半年経った頃から俺の仕事は増えていた。『児童養護施設出身の中卒』という俺の身の上は、色々なバイトを掛け持ちしていることに違和感を与えないらしく、忍者としては使いやすいそうだ。
「そりゃまた大変だ」
「でも、仕事はどれも楽しいです」
「そうか。若いうちに色々な仕事をしてみるのはいいことだ。だがな、わっちゃん。もし何か本当にやりたいことが見つかったら、その時は誰にも遠慮しなくていいんだぞ」
「本当にやりたいこと、ですか」
「そうだ。食うために働くのはいいことだが、やりたいことがあるならどんなに難しくても挑戦したほうがいい」
 山さんの言葉に苦さが混じる。
「実は俺はな、宇宙飛行士になりたかったんだよ」
「宇宙飛行士?」
「ロケットは男のロマンだろ。今じゃもう無理だけど、わっちゃんにはまだまだ無限の可能性があるんだぞ」
 なんせ若いんだからな、と笑いながら車に乗りこんだ山さんに頭を下げる。
「ありがとうございました」
「頑張れよ」
「はい」
 走り去る車を見送りながら空を見上げる。
 ロケットは男のロマン、か。
 青い空に白い昼の月が見えた。

◆◆◆◆


「おぉー」
 空高く飛び上がったペットボトルのロケットに歓声が上がる。
「よし、わっちゃん。次はもう少し飛ばそう」
「わかりました」
「おいおい山さん、いったいどこまで飛ばす気だよ」
 敷物に座って缶ビール片手に見物している前田さんがヤジを飛ばす。
「月までに決まってんだろ」
 大真面目な顔の山さんの返事に林永さんが食べていたお菓子を吹き出した。
 公園の片隅。大人だけのグループでペットボトルロケットを飛ばしている俺たちを、小さな子ども達が不思議そうに見ている。
「わっちゃん、早く早く」
「わかりました。じゃあもう少し飛ばしてみましょう」
 山さんが実は宇宙飛行士になりたかった、と知った俺が恩返しのつもりでペットボトルのロケットを用意したと伝えると、山さんと仲の良い人達が集まってくれた。     
 それぞれ自分の会社を経営していて、俺なんかよりずっと忙しい人たちなのに、いつも優しくて楽しい、本当に良い人たちばかりだ。
 せっかくだから、うんと高く飛ばしてみよう。
 ロケットに入れる水の量を変えて発射台に乗せる。
「スリー、ツー、ワン、ゼロ!」
 山さんのカウントダウンに合わせて手を離す。ところが、発射台に置く角度が悪かったのか、ロケットは思いがけない方向に飛んでいってしまった。
「探してきます」
 飛んでいったロケットを走って追いかける。少し奥にある植込みの先へ落ちてしまったようだ。
 もしかして、誰かに当たってしまったかもしれない。
 焦ってかき分けた植込みの向こうは開けていて、地面に落ちているロケットと、ベンチに座っている男の人が見えた。
 駆け寄った俺を見上げたその人を見た瞬間、息が止まるかと思った。
 それは、知っている顔だった。
 宇佐見秋彦さんと同い年で幼馴染。T大学文学部の四年生。
 上條弘樹さん。
 秋彦さんに関する資料の中に存在していたその人を、俺は確かに記憶していた。単に一つの情報として知っていたその顔は、目の前に現れた途端、なぜだか全く違うものになった。
 柔らかそうな茶色い髪の毛。髪の毛に半ば隠されている同じ色の瞳。
 今、その瞳は涙に濡れている。
 白い頬を伝うその涙を拭ってあげたい。
 溢れ出した気持ちのままに伸ばした手が届く前に、涙は上條さん自身の手で拭われてしまった。
 それでも俺は伸ばした手を戻すことはできなかった。
 涙を拭う代わりに、上條さんの腕を掴んで歩き出す。
『宇佐見秋彦に直接関わってはいけない』
 忍者として最も重要で、最も基本的なことを俺は今、破ろうとしている。
 いけないことだ。
 わかっている。頭ではわかっている。それなのに、この人を離してはいけない。ただそれだけしか考えられない。
 今ならまだ間に合う。
 通りすがりの人間として立ち去るべきだ。
 わかっていたはずなのに、できなかった。
「初めまして。俺、草間野分っていいます」
 俺は上條さんに自分のことを見てもらいたい、と願ってしまった。
 たとえ、この仕事を失ったとしても。
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