frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
春分
- 2015/03/22 (Sun)
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お彼岸のあさいさです
遅刻して申し訳ありません。ゆっこさん。お誕生日おめでとうございます。
誕生日にお彼岸の話もなんですが、、
2015.3.22
朝起きると薫がいなかった。
テーブルの上には食事の用意が整っているし、アマドコロの鉢植えにも水は遣ってある。
今日は仕事も休みなのだから、別にいなくても困りはしない。
それでも、まるで置いてけぼりをくらった子どものような心細さに襲われていた。
どこへ行ったんだよ
龍一郎はソファに座ると、欠伸をしながら腕を伸ばした。
こんな日に限って暖かな陽射しが窓から射し込んでくる。
風呂でも入るか
バスルームへと向かおうとして、カレンダーで今日の日付を確認して、ようやく龍一郎は思い出した。
毎年この時期、薫は出かける。
家に帰ったのか
龍一郎の実家と朝比奈の実家のある井坂家にではなく、本来の自分の家へ、いや、正確には家だったところへ。
「水くさいやつ」
誘ってくれたら俺も一緒に行ってやるのに。
明るいバスルームの中で浴槽に身体を沈めながら天井を見上げる。
あいつと出会って何年経ったんだろう。
数えるのも面倒なくらいだ。
子供時代から同じ屋敷内に住んでいた俺たちは、半ば肉親関係のような親密さを育み、同じ会社に就職し、同じ部署に配属されて、そして、つきあって。
めでたしめでたしだ
今となっては社長とその直属の秘書。
まさに公私ともにパートナーとなっているけれど、それでも朝比奈が朝比奈の家の長男だというのは紛れもない事実で、俺が井坂の家の長男だということに対して朝比奈が常々気にしていることと同じ重さを持っているはずだ。
俺たちは、続いてきた血を未来へと繋ぐことはできない。
ちゃぼんと音を立ててお湯から出した自分の手を見る。
数多のベストセラーもベストセラー作家も自分の手で生み出してきたつもりでいる自負はある。
それでも、こればかりはなんともならねーからな。
俺が男である限り。
天井から冷たい雫が頬に落ちてきた。
くだらない考えを振り払うように、龍一郎は水飛沫を上げながら勢いよく浴槽から立ち上がった。
「おい、薫、タオ、、」
自分の声だけがバスルームに響き、一瞬固まった後、水の滴る身体で棚へと向かった。
先に用意しておくんだったな
水の足跡を残しながらタオルを取り出すと頭から被った。
◇◇◇◇◇
水で光る墓石に花を手向け、ロウソクと線香に火をつける。
白い煙が青い空へと真っ直ぐに立ち昇っていく。
もう一度、目を閉じて深く頭を垂れる。
とくに神仏を信じている方でも、信じていない方でもないけれど、この墓の下は自分に繋がっている人々が眠っている。
自分だって、あの時に助からなければ、今頃はここに入っていたのかもしれない。
頭を上げて墓石に刻まれた文字を見つめる。
柄杓を入れた手桶を掴むと朝比奈は駐車場へと歩き出した。
寺の敷地のすみに座って日向ぼっこをしている猫が目にとまる。吹く風は穏やかで花の甘い香りが漂っている。
暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものだ。
ゆっくりと、しかし確実に陽射しは春のものになってきている。
また、春が来る。
車に乗りこんで、時間を確認する。
龍一郎様はちゃんと朝食を召し上がっただろうか
流石にもう起きているであろう時刻にそんなことを心配している自分に朝比奈は苦笑いした。
エンジンをかける。
あの方は私がいなくても本当はなんでもできる方だ。
誰よりも自分が一番よく知っている。
車を駐車場から出すと、マンションへと向かった。
途中、カーブしている道にさしかかった。スピードを落とし、切り立った崖へと続く路肩を横目で見る。
ここを通るたびに思う。
ここで、自分は一度死んだのだ。
少し先の広い路肩に車を停めると、花束を持って降りた。
あの時を示すものはもう何一つ残ってはいない。
壊れたガードレールも、ヘッドライトの破片も落ちていない。
ガードレールの下に見える緑の木々の中に、転がっている車もない。
ガードレールから下を見下ろして、朝比奈は花束をそっと落とした。
あの時、一度死んだこの身は後に続くものなど考える必要もない。
朝比奈は今度こそ真っ直ぐに車をマンションへと走らせた。
◇◇◇◇◇
マンションの部屋に入った瞬間、朝比奈は眉を顰めた。
「龍一郎様」
思わず低くなった朝比奈の声の先にはどうやら朝風呂を遣ったらしい龍一郎が髪の毛を乾かしもせずにバスローブ姿で新聞を読んでいた。
真っ直ぐに浴室へと行き、タオルとドライヤーを手にした朝比奈は、龍一郎の目の前に立った。
「そのような格好でいては風邪を引かれますよ」
そう注意したというのに、当の本人はまったくもってどこ吹く風でコーヒーに手を伸ばしている。
「今日はあったかいから大丈夫だろ」
「ダメです。早く着替えてきて下さい」
「わかったよ。ったくいちいちいちいち」
コーヒーカップを置いて立ち上がった龍一郎が朝比奈のネクタイを掴むと自分の鼻先に持っていった。
線香の香りが少し残っているそれを握りしめたまま、朝比奈を見上げる。
「おかえり」
そう言うと、そのままネクタイを強く引き寄せ、首から引っ張られたかたちになった朝比奈の顔に自らの顔を寄せると、唇を重ねた。
明るいリビングの中で、微かな水音だけが響く。
「っん、」
息が苦しくなって互いの唇が離れた。
「龍一郎様」
唇を離した龍一郎へ朝比奈が囁く。
「ん?」
龍一郎の耳元に朝比奈の唇が寄せられる。
「バスルームが水浸しになってます。また、タオルを用意せずに入られたんですね」
予想外の言葉に龍一郎の表情が固まった。
「は、お前このタイミングでそんなこと言うか、普通」
ネクタイから手を離して睨みつけてきた龍一郎に朝比奈はタオルとドライヤーを渡しながら、至極真面目な表情のまま返す。
「貴方のほうこそ、何度同じことを言わせたら気がすむのですか。風呂に入られるときはきちんとタオルを用意してから入って下さい」
そう言ってバスルームへと歩いていく朝比奈の背中に向かって龍一郎の喚き声が降ってくる。
帰ってきた。
愛しい人の声に自分のいるべき場所へと戻ってきた喜びを噛みしめながら、朝比奈はシャツの袖を捲り上げると、バスルームの掃除を始めた。
おわり
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