frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
くる年
「ゆく年」に繋がる野分視点です
2016.1
もういくつ寝ると
病院の白い壁を見つめて目を閉じる
その度に、指折り数えて待っていた
「野分」
深夜のナースステーションで名前を呼ばれてどきりとする。
「はい」
仮眠でもとろうかと思っていたタイミングでかけてきた津森の声はいつになく真剣だった。
(何かあったんだろうか)
今は特に心配になるような患者はいなかったはずだと思いつつ、小児科ならではの急変を予想してしまいながら次の言葉を待つ。
「お前・・・今日はもう帰ってもいいぞ」
まさかの福音に思考が止まる。
返事もできずにぼんやりと声の主を見返すと、ぽんぽんと白衣の腕を叩かれた。
「おーい、聞こえてるか?か・え・っ・て・い・い・ぞ」
一音一音区切るように言われた言葉は夢でもウソでも幻聴でもなかった。
「なんで・・・」
「なんでって、帰りたくねーの?」
慌てて首を振る。
「帰ります!先輩ありがとうございます。お疲れ様でした」
「はいはい。お疲れお疲れ」
ひらひらと手を振った津森と周りのスタッフへと挨拶をすると廊下へ飛び出した。
「草間先生、走らないで!」
出くわした師長からの今年最後のダメ出しに頭を下げながら大きな白衣の後ろ姿はあっという間にロッカールームへと消えていった。
◇◇◇
いつもなら眠りにつき始める街も今夜は騒めいている。
連れだって歩く人々を横目に自転車をこいだ。
間に合うかもしれない。
今年も待たせてばかりだったから、せめて最後の瞬間だけでも一緒に過ごしたい。
そんな思いを乗せてペダルを踏みこむと、刺すような冷たい風を受けて鼻の頭と耳がキンと痺れた。
「寒い」
信号待ちの間に寒さのせいで痛いくらいの耳朶をさする。耳に触れた感触に、手だけは弘樹に貰った手袋に守られていることを実感して胸の奥からあたたかくなっていく。
ようやく変わった青信号に向かって再び力強くこぎ出すと、野分は速度を落とすことなくひたすらにマンションへと向かった。
「ただいまです」
玄関を開ける。
リビングの明かりと聞こえるテレビの音に嬉しくなって、脱いだスニーカーの片方が玄関の中で横転したのもそのままにバタバタと向かった。
「・・・間に合いました」
廊下を通り抜けて飛びこんだ明るいキッチンで、パジャマ姿で立っていた弘樹の驚いた顔と湯気のこもるあたたかな空気とテレビから聞こえる除夜の鐘の音を野分は全部まとめて強く抱きしめた。
お前のせいで食べそこねた、と睨みつけているその視線に含まれている甘さに、本人は気がついているんだろうか。
一つのカップ麺を仲良く一緒に食べる年越しもきっと楽しいだろうけれど、とにかく今は蕎麦より欲しいものがあると身体中が訴えていた。
「ふっ・・、」
除夜の鐘の音を聞きながら重ねていた唇を離す。テレビの音は静かな年越しの様子から、新しい年が明けた賑やかな喜びの声に変わっている。
離した唇からちらりとのぞく舌先をちゅっと吸うと、薄い瞼が震えながら開いた。
「おめでとうございます」
「おめでと・・・」
上気した眦にそっと指を当てる。
少し濡れた睫毛が頬に柔らかな影を落としている。
「ンだよ」
「初ヒロさんも、かわいいです」
思わず漏らした言葉に、ぱち、と弘樹が大きく目を見開いた。
みるみるうちに眉が顰められていく。
「なにアホなことを」
そう呟いた唇を緩く食みながら、舌を入れる。
絡め取った舌先の柔らかさを味わうように吸い上げるたびに、吐息に甘さが増していく。
指折り数えて待つような楽しみなんて、なかったのに
「初詣、一緒に行きましょうね」
「だったらちゃんと・・加減しろよ」
「それは無理かもしれません」
足りないと訴えているのは自分だけじゃないと、触れ合った身体から伝わってきている。
「一年の計は元旦にあり、です」
今年はもっともっと大切ににしますから、と誓いながら、強く抱きしめた。
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