frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
ゆく年
ツイッターで書いた140文字の年越しののわヒロを膨らませたくなったので、チャレンジ。
本当に遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。
2016.1
いらなかったな、と巻いてきたマフラーを緩めて空を見上げた。
例年になく暖かい日が続いている。
それでも、師走にはかわりなく、クリスマスイブが終わった途端にお菓子のブーツが積まれていたスーパーの店頭には鏡餅が山をなし、花屋には南天の赤い実や松の緑がポインセチアを押しのけて並べられている。
プラスティック製のミカンのついた小さな鏡餅を一つカゴに入れる。
別に年末にどこへ行くわけでも何をするわけでもないのに、店全体の雰囲気にあおられるせいなのか、何か買わないといけないような気がして辺りを見渡した。
蕎麦がやたらと並んでいるコーナーの前で足を止める。
実家で暮らしていた時は毎年食べていたけれど、特にこだわりがあるわけでもなく、種類の多さに悩みつつ手にした袋には『二人前』とかかれていて、思わず口がへの字に曲がった。
どうせ一人で年越しになるに決まっている。
世間一般に休みの時期ほど、休めないのが野分というやつらしい。
それは単にあいつが小児科の研修医だからなのか、若いからなのか、単純にお人好しのせいなのか、畑違いの自分には分からないけれど、仕事なのだから文句を言うべきことではない。
手にした蕎麦をあった場所へ戻して移動しようとした弘樹の目に、もう一つの山積みにされたコーナーが見えた。
(・・・これでいいか)
いろいろなカップ麺が置かれている中から新製品らしき蕎麦のカップを一つ手に取ると鏡餅の横に放りこんだ。
◇◇◇
「んー」
強張った背中を反らせながら弘樹はソファーの上で大きく腕を伸ばした。
冬休み前の仕事に追われて積んだままになっていた本の山を、ここぞとばかりに読み倒しているうちに、つけたままだったテレビは初詣へと向かう人の波を映し出していた。
見上げた時計の針は、新しい年まであと10分のところへさしかかっている。
カウンターに用意していた蕎麦の存在を思い出して立ち上がった。
ヤカンを火にかけ、『年越し蕎麦に』とかかれたカップ麺のビニールの包装をビリリと破いた。
(そう言えば、病院でも年越し蕎麦なんて食うんだろうか)
ふと、浮かんだ疑問に野分が小児科の他のスタッフと仲良く蕎麦を啜っている様子が浮かんできた。
(あいつは猫舌だから、啜るのに時間がかかりそうだけど)
そんな野分をかわいいーなんて言っている看護師の姿まで想像してしまって一人で赤くなっていると、テレビから鐘の音が聞こえてきた。
スピーカー越しとはいえ、年の瀬を告げるその音に背筋が伸びる。
もうすぐ新しい年に変わる。
一年365日
一緒に住んでいる野分と、今年は何日、何時間、同じ場所で同じ時間を過ごすことができたのだろうか。
ゆっくりと鐘の音が響いている。
除夜の鐘の数は煩悩の数だというが、その鐘の数ほども会えてもいないような気がしてきた。
せめて来年はもう少し一緒に。
祈るような思いで見つめていたヤカンからシュンシュンと湯気が出始め、それに合わせたかのように玄関のドアが開く音が聞こえた。
「ただいまですっ」
バタバタと足音が響く。
「ヒロさん!」
鼻の頭を少し赤くして、荒い息を吐いている野分がキッチンに飛びこんできた。
「・・・おかえり」
驚きながら見つめる弘樹の後ろで、火にかけていたヤカンがカタカタと騒ぎ始めた。
慌てて火を止め、カップ麺の中に湯を注ぎ入れる。
白い湯気と出汁の匂いが立ち昇った。
「お前も食うか?」
キッチンタイマーをセットして振り返る。
「一つしかねぇけど」
返事の代わりに伸びてきた腕に包まれた。
「間に合いました」
どれほど急いで帰ってきたのだろうか。
野分の厚い胸からは激しいほどの心臓の音が伝わってくる。
「ん」
頷くと弘樹はゆっくりと野分の背中へ手をまわして指先に力をこめた。
甘い空気になりかけたキッチンに無機質なアラームの音が、申し訳なさそうに響いた。
「あ、」
蕎麦が、と持ち上げた顔に口づけが落とされた。
ゆっくりと重なった野分の唇はまだ少し冷たくて、思わず舌先でつうっとなぞった。驚いたように僅かに離れた唇はすぐさま仕返しのように下唇を喰んできた。
互いの舌を吸い上げて、吸い上げられているうちに冷たかった野分の唇も熱を帯びてきた。野分にしがみつくように抱きついた弘樹は息継ぎをするように肩口にもたれた。
二人分の湿った呼吸音がキッチンに満ちる頃には、続けていたアラームはいつの間にか鳴り止んでいる。
「お前のせいで」
「なんですか?」
「蕎麦・・食いそびれた」
「でも年越しでキスはできました」
「・・・アホ」
おごそかに鳴り響く最後の除夜の鐘を二人で聞きながら、今年最初の口づけをゆっくりとかわした。
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