frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
わたすべからず
М大学のバレンタインデー
2019.2.
2019.2.
それは突然現れた。
(なんだこれ?)
いつものように朝から上條の研究室に入ろうとした宮城は首を傾げながらドアを開けた。
「おーい上條ー、なんか変なものがあるぞ」
「おはようございます。変なものってなんですか?」
「お前のドアに謎の張り紙が」
「ああ、それなら自分が貼ったんです」
「へ?」
思いがけない返事に宮城は上條の研究室のドアに貼り出されている紙を改めて見た。そこに書かれているのは『義理チョコ禁止』の文字。
「これ、お前が?」
「そうです」
「なんでまた」
「レポートにチョコをつけてくる悪しき慣習を封じるためです」
たしかに毎年この時期には「バレンタインですから」と言ってレポートにチョコを添付してくる学生がいる。宮城の元にもそんなチョコ付きレポートが届く。聞けばほとんどの教授たちも同様で、高価な物でない場合はあまり気にせずに受け取っているらしいし、もちろんそんなことをされても成績には影響しない。
おそらく世間にバレンタインデーが広まった頃から続いているであろうこの行為は、学内では賄賂の類というよりは風物詩のような扱いをされている。
「そんなに目くじら立てなくてもいいだろーに」
「そんな甘いことを言っているからダメなんですよ」
「まあ、お前の場合は大変だもんなー」
どの教授も多かれ少なかれまきこまれているバレンタインではあるが、上條のレポートはチョコが添えられているのが他の教員とは比べものにならないくらい多い。
もちろん理由の一つとしては、文学部内でもっとも取りにくいと言われている上條の講義は例年単位を落としてしまう学生が多数発生するからだろう。やっと出したレポートが再提出になってしまう学生も多い。上條曰く「真面目に授業受けていればできる」内容らしいのだが、中にはなかなか単位がとれずにとうとう一年から四年まで同じ講義を受け続けることになった学生もいるくらいだ。
だからこそ、なんとかしようという一心でレポートにチョコを添えて提出する学生が多くなるのだろう。
「あれ?でも確か上條、去年からレポートにチョコ付けてきたら受け取らないって言ってたろ」
「もちろんです。ただ、なぜかレポートとは関係なくチョコだけ持ってくる学生がいるんですよ」
「あー、そういうことか」
「持ってきたヤツにはこんなことをしても成績は上がらない、と説教してるんですけど」
「わざわざ一人ずつ相手してんのか?」
「指導するべきでしょう」
「まぁ、その方が学生は喜ぶだろうな」
「怒られているんですから喜んではいないと思いますよ、ただそのせいで時間を取られるから他の仕事が滞るんですよ」
「そっかそっかー」
ぷりぷりと怒っている上條の頬はうっすらと紅潮している。色素の薄い瞳の色や柔らかめの髪をまじまじと眺めて「上條はかわいいからなー」と慰めたらものすごい嫌な顔をされた。
「かわいいは男に使う形容詞ではないと思いますが」
「しかし言葉は時代とともに移り変わるもんだからなぁ」
「そもそも俺がかわいいわけが」
「あ、今ノックの音が」
「ごまかさんで下さい」
コンコンコン、ともう一度遠慮がちにドアが鳴った。
「ほらほらほらー」
眉間に皺を寄せたまま上條がドアに向かう。
「はい」
ドアを開けた先に立っていたのは学生と思しき姿だった。
ピンときた宮城は気を遣ってドアから離れたところへ座っていた椅子ごと移動した。とはいえ狭い研究室なのだから二人が押し問答をしている様子は伝わってくる。どうやらチョコを渡しに来た相手に珍しく上條が押されているようだ。
「若いってのはいいねぇ」
プライベートでは17歳下の恋人の勢いに押されてばかりな宮城だが、本来、学生の持つ若さゆえの勢いというのに対しては好ましさを覚えている。
(それにしても見かけない顔だな)
文学部の学生ではないのかもしれないが、上條に勝てるような学生なら見てみたいもんだとそっと二人の方へ首を伸ばしてみた。
「これで義理ではないことははっきりしてますよね」
「それはそうだが、ここでそういうものを受け取るわけにはいかない」
「では、どこか別の場所で会っていただけるんですか?」
「いやそれはちょっと…」
「でしたら」
はぁ、とため息が聞こえ、上條の声が仕事用の声に変わった。
「もうしわけありません。自分にはつきあっている人がいるので、受け取るわけにはいきません」
丁寧だが冷たい答えに、相手が息をのんだ。
「…わかりました。すみませんでした」
走り去る足音とともに振り返った上條と目が合う。
「見てたんですか」
「見えちゃっただけ。おつかれ」
「まったくです」
ぐったりと椅子に座りこんだ上條がポツリと呟いた。
「まさかあんな勢いで来るとは思いませんでした」
「いや、来るだろ。しかし見覚えのない子だったな。ウチの学部?」
「違います」
「他の学部か」
「いえ、T大学の学生でした」
「へぇー、T大の。って、え?」
聞けば、昨年の学会で上條を見て以来、密かに想いを寄せていたという。
「だから義理ではないし受け取って欲しいと言われてしまって」
「確かに、義理でなければ義理チョコ禁止の張り紙も意味ないな。つか上條さぁ、本気のチョコが来るって考えてなかったのか?」
「俺、もう三十代ですよ?若い子に本気のチョコを持ってこられるなんて思ってないですよ」
「俺の前でそれ言うかなー」
「あ、」
「それにな、好きになるのに年の差とかそういうの関係あるのか?」
「……」
黙りこんでしまった上條の頭にポンと手を置く。
「ま、オジサンが言うのもなー」
「いえ、間違っていました。でも、かといって本気のチョコも受け取れないですし。そうだ!俺、張り紙変えてきます」
「え?」
その後、改めて『チョコ禁止』と張り紙がされた研究室の前に、羊羹だの煎餅だのを持った学生が並んだのはいうまでもない。
PR
プロフィール
HN:
さるり
性別:
女性
自己紹介:
ヒロさん溺愛中
この記事へのコメント