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frown

当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。

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春風駘蕩

2017年3月20日HARU COMIC CITY 22
春菊祭り!【東8東Y29b:frown】にて
参加したラリーペーパーのSSです。



 ついこの間までの寒さが嘘のように、暖かな陽射しが大学構内を照らしている。春休みに入った大学は、賑やかな学生たちの姿は減り、いつもよりも穏やかな空気が流れている、はずなのだが
「てめぇ、いったい何しにきた」
予告もなく研究室を訪れた秋彦に対する上條の声が春の空気を冷たく震わせた。
「暇かと思って」
「暇なわけねーだろッ」
 
 文学部の学生なら一目散に逃げ出したくなるような声もどこ吹く風と聞き流すと、秋彦は断りもせずにポケットから出した煙草を咥えた。
「すごいな」
 紫煙とともに吐き出された感嘆の声が瑞々しい香りの中に溶けこんでいく。日頃は乾いた匂いと本に囲まれている研究室の中で、真ん中に置かれた大きな花束が、まるで自分の存在を主張するかのように鮮やかな色彩と香りを撒き散らしている。
「それか。卒業生に貰ったんだ」
「ほう」

 愛想がないせいもあって冷たい印象を持たれがちだが、上條は講義も質問に訪れる学生たちの相手をすることも嫌いではない。「鬼」と呼ばれているのは怠惰な学生に対してはそれが文学部の学生だろうと、他の学部だろうと、贔屓も差別もなく、公平かつ情け容赦なく斬り捨てる態度に対してつけられたものであり、実は真面目な学生に対しては面倒見がいいということは知る人ぞ知るところである。
「熱心に通っていたやつでな。お礼だってさ」
「それはまたずいぶん慕われたもんだな」
「ここに来れば資料が揃っているからな」
「たしかにここには面白い本がある」
  見回した本棚の中に気になるタイトルを見つけた秋彦はひょいと抜き出した。
「そんなことより、お前まさか仕事を投げ出して来てんじゃねぇだろうな」
「投げてはいない」
「本当か?」
「ああ。ただちょっと逃げてきただけだ」
「同じことだろうが!」
 お前は仕事をなんだと思ってんだ、と苦々しく吐き出された小言に、ふうと煙草の煙が吹きかけられた。
「どうにも筆がのらなくてな」
「他人事みてえなこと言ってんじゃねえ。のらないならなんとかしてのせろよ」
 のせられるもんなら苦労はない、と手にした本をめくった秋彦の前へコーヒーを入れたマグカップが差し出された。
 煙草の煙とコーヒーの香りにふわりと甘い香りが混ざりこむ。


「なあ弘樹。あの花束どうする気だ?」
「どうするもなにもここに飾っておくしかないだろ」
「せっかくだから持って帰ったらどうだ」
「花を持って歩くのはちょっとな。俺には似合わねぇし」
「それなら送って行こうか?」
「いいって」
「遠慮するな」
「そうじゃねえ。家に持って帰ると色々…面倒なんだよ」
 口ごもる様子に秋彦は一人「なるほど」と頷いた。
「春の風も穏やかだとは限らないからな」
 温和なようでいて激しさを秘めた黒い瞳の持ち主は、強く吹きつけて巻き上げる春の訪れの風のようだ。
「うるせぇ。余計な事言ってねえでそれ飲んだらとっとと帰れ」
「はいはい」
 読みかけの本を鞄に入れて立ち上がった背中を上條の声が押した。
「お前にしか書けないんだからな」
 最初の読者はいつも書く力を与えてくれる。
「俺はいい友人を持った」
「おい……さっきのネタにすんじゃねえだろうな」
「楽しみにしててくれ」
 研究室のドアを閉め、原稿に向かって歩き出した秋彦を包むように暖かな春の風が吹いた。


 
 ~『少年時代』へと続く~

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ヒロさん溺愛中

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