frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
甘くはないけれど
バレンタインのお話
2016.2
「無理だ・・・」
立ち寄ったデパートの一角は若い女性ばかりが列をなしているせいなのか、チョコレートのせいなのか。やたらと甘い香りがたちこめている。負けず嫌いな上條はそれでも一歩を踏み出したものの、横から背後から揉みくちゃになるような人混みには勝てず、結局何も買うことも出来ず、押し出されるように飛び出してしまった。
エスカレーターに乗ってホッと息をつく。
甘かった・・・。
人気があることはわかっていたつもりだったけれど、まさかこんなに大変だとは。
まあ別にコンビニでもスーパーでも売ってる、よな。
そう気を取り直しながら、別のフロアへと進んだとき、目に入ったのはまたもや赤いハートにバレンタインの文字が踊るプレートだった。
思わず立ち止まってディスプレイを眺める。
こんなものも?
どうやらバレンタインといっても贈るのはチョコレートだけではないらしい。
その中の一つのデザインが気になってしまい思わず手に取った。
コレは・・・。
ちょっと自分の好みが出すぎだろうか、と躊躇ったものの、普段野分は下着の柄になんて無頓着なやつだし、気がつかないかもしれない。
それにこの方が実用的だし、病院に持って行きやすいと、自分を納得させて、上條は野分のサイズを探し始めた。
◇◇◇
うーん、と伸びをして休憩スペースへと歩き出した津森はコート姿の上條を見つけてニヤリと笑った。
世間一般ではバレンタインであっても、インフルエンザをはじめとした感染症が流行るこの時期の病院は救急の患者も多く、いつもより忙しい日が続いている。
ここしばらく泊まり込みに近い状態が続いていて元気がなくなってきている後輩に届け物をしに来たのだろうと見当をつけて近寄っていった。
「かーみじょーおさん」
背後から声をかけると、例によって警戒心むき出しで上條が振り向いた。
冬のせいか、また一段と色が白くなったように見える顔をさっと赤く染めている。
「こんばんはー」
この反応が楽しくて、ついちょっかいをかけてしまうのだが、そんな津森の思惑に未だ上條は気がついていないのか、いつも期待通りのリアクションをしてくれる。
「・・・どうも」
「久しぶりですねー。野分に用事ですか?」
ちょっと痩せた、かな。
大学も忙しい時期なんだろうか。
話しかけながら観察してしまうのは職業柄ということもあるけれど、こと上條に対しては興味本位だったりする。
黒いボストンバッグをぶら下げて、口元をぐいとへの字に曲げながらも、上條はボソリと返事をした。
「着替えを」
「それだけですか?」
「それだけだ」
見上げてくる瞳の色がきらりと怒りの色に光る。
「バレンタインなのに?」
「関係ありません」
「ええー、俺にチョコは?」
「アンタにやる義理はない」
「じゃ、本命チョコでもいいですよ」
「津森さんならたくさんもらってるでしょう」
「そんな風に見えますか?」
上條は津森の頭から足の先まで眺めた。
「そんな風にしか見えないけど」
「野分ほどモテないんですけどねー」
その言葉に上條の肩がビクリと揺れた。
「あいつ、今年も何人かに呼び出されてましたよ」
「そう、ですか」
「野分より俺の方がいいと思うんですけどねー」
そう言って津森が手を差し出した。
「なんですか?」
「野分じゃなくて、俺にチョコくれたらいいのに」
いい加減にしろ、と上條が言おうとした、そのとき
「先輩、いい加減にして下さい」
少し冷えた声が通路に響いた。
「なんだよ野分。邪魔するなって」
「邪魔してるのは先輩の方じゃないですか。ヒロさん大丈夫ですか?何かされてませんか?」
「されるわけねーだろ、アホ」
ペタペタと肩や腕に触れてくる野分の手を乱暴にふりほどくと、上條はボストンバッグをぶつけるように野分に渡した。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
受けとめて嬉しそうに笑う野分からふいっと視線をそらした先にいた津森と眼が合う。
「上條さん、俺にはー?」
「アンタの分なんてない」
そう言うと足早に出口に歩き出した上條を野分が慌てて追いかけようとした時、呼び出し用の電話が鳴った。
「野分、休憩終わりだ。行くぞ」
「はい・・・」
名残惜しげに遠ざかる背中を見送ると、野分は病棟へと足を向けた。
◇◇◇
「お疲れー」
「はい」
「ちょっと休んどくか?」
二人並んで歩いていると、出勤してきた看護師が小走りで近寄ってきた。
「コレ、どうぞ」
それぞれに同じ袋を渡されてお礼を言うと、そのままロッカールームへと向かった。
「疲れてるときは甘いもの食いたくなるなー」
貰った袋を見ながら津森が呟く。
「そうですね」
「そういえば、さっき上條さん持ってきたのって、やっぱりチョコ?」
「まだ開けてないです。それより先輩、ヒロさんをからかうのはやめて下さい」
「えー、ちょっとくらいいいじゃん」
「ダメです」
そんなことを言い合いながら入ったロッカールームは、どこか甘い匂いが漂っている。
貰ったチョコをしまおうと自分のロッカーの扉を開けた野分の後ろから津森がひょいと中を覗きこんだ。
「うっわ、すげー貰ってんじゃん」
そう言うと所狭しと並んでいるカラフルな箱や袋を数え始めた。
「今年もお前が一番か?」
「先輩も同じでしょう。これ全部義理チョコですよ」
「バーカ、お前小児科以外からも貰ってんだろ。どう見ても俺より多いぞ」
「欲しければあげます」
「イヤミか?」
「そうじゃなくて」
普段は人当たりの良さに隠れているけれど、この手の好意を示されることに本当に興味がないのがチラリと見える。
時折見せる野分のこういうところは嫌いじゃない、と思いつつ津森は野分が唯一激しい感情を見せる相手の名前を出した。
「どーせお前はヒロさんから貰えたら、それだけでいいんです、とか言っちゃうんだろ」
「先輩、ヒロさんのことをヒロさんって言わないで下さい」
あからさまにムッとした顔で睨まれながら、さっきから気になっているバッグを指差した。
「いいから早くその鞄の中も見てみろよ。あの人がどんなチョコ入れたか教えろよ」
「見せるだけですよ」
渋々開けたバッグの中は見事なまでに着替えだけが入っていた。
二人で頭をつけながらバッグの中身をじっと見る。
「着替え、です」
「着替え、だな」
「ヒロさん照れ屋だから」
そう言って少し寂しそうな顔をした野分の肩を津森が叩いた。
「いや、絶対入ってるって。あの人言ってたぞ。アンタの分なんてないって」
ピンとこなかったのか、野分はキョトンと首を傾げている。
「俺にはないけど、お前のはあるって意味だろ?」
「そうなんですか?」
そう言った野分の目が新品のトランクスにとまった。
それは黒地に白のドットの模様がついていて、自分が選んだ記憶はない。
もしかしてヒロさんが買ってくれたのかな
上條が選ぶにしては珍しい柄のような気がしてまじまじと見ていた野分の顔が、突然パアッとほころんだ。
「どうした?」
「先輩、コレがチョコの代わりだと思います」
「下着?」
「はい」
白のドットはよく見ると、ところどころパンダが隠れている。
チョコじゃなくて下着って・・・。
嬉しそうな野分を見ながら津森は首を捻った。
「あの人って、照れ屋なのか大胆なのか、よくわかんない人だな」
「ヒロさんはすごい人です」
「はいはい」
ウットリと呟く野分に、津森が呆れたように離れていった。
今度帰ったらコレを履いて見せてあげよう、と謎の使命感に燃えながら野分はそっとバッグの奥に大好きな人からの贈り物を戻した。
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