frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
聖なる夜 終
聖なる夜 最終章です
昨日の雪が嘘のように、今朝は太陽が光り輝いている。
野分は、まだところどころに残る雪を避けながら自転車をこいでいた。
雪解けの道のせいで、自転車も車もゆっくりとしか進めず、気持ちだけが急く。
昨日の昼から続けての夜勤が終わり、やっと病院を出たというのに、自宅の電話にも、弘樹の携帯電話にも弘樹は出なかった。野分は昨夜の秋彦との通話を思い出しては、胸の奥に不安が膨らんでいくのをどうしても抑えることができなかった。
いつもの倍くらいの時間をかけて、ようやく着いたマンションを見上げる。
いつ見てもその余りにも豪華な雰囲気に、野分は気後れしそうになる。
それでも、今はそんな悠長なことを言っていられなかった。
オートロックのドアの前で部屋番号のボタンを押す。
チャイムが鳴るものの、応答することはなかった。
野分はもう一度部屋番号を押した。
祈るような思いでチャイムを聞く。
また、誰も出ないままに音は途切れた。
もしかして、誰もいないんだろうか?
一瞬そう思ったものの、他にあてがあるわけでもなく、部屋の番号を押すために、もう一度指を伸ばした。
その時、後ろから声が聞こえた。
「その部屋に何の用?」
驚いて振り向くと、スーツを着た細身の男がニコニコしながら野分を見ている。
「え?」
突然話しかけられて、戸惑う野分の顔をなぜだか嬉しそうに見ているその男はもう一度同じことを言ってきた。
「だから、その部屋に何の用?」
「あの、、。」
するとその男の後ろに立っていた背の高い男がたしなめるように声をかける。
「龍一郎様、、おやめください。」
「いいだろ、別に。聞くくらい。」
二人のスーツの男のやりとりを無視して、野分はまた、部屋の番号を押した。
チャイムの音が響く中、さっき話しかけてきた男が野分にまた聞いてきた。
「何の用か教えてくれたら、部屋に入れるかもよ?」
「本当ですか?」
野分は、その男をもう一度見直した。
野分より小柄な男はよく見ると仕立てのいいスーツに、艶のある黒髪をさり気なくセットしていた。なにより、野分のよく知っている、上に立つ者が持つ独特のオーラを放っていた。
この人は信用できる。
そう感じた野分だったが、やはり見ず知らずの人というのに抵抗を感じて黙りこんだ。
どうしたら、、。
「草間先生?」
マンションのエントランスの入り口から名前を呼ばれて視線をやると、帽子にマフラーに手袋と、完全防寒の格好をした美咲が野分を見て目を丸くしている。
その声に振り向いたスーツの男が美咲に話しかけた。
「チビたん、おはよう〜。え?まさか朝帰りかぁ?」
「井坂さん!違いますよっ!昨日は兄ちゃんちに泊まってて、」
「なーんだ。じゃあ秋彦はクリスマスイブなのに一人だったのか?よく文句言わなかったな。」
「あ、それは、、でも、一人じゃなかったみたいです。」
二人のやりとりを見ていた野分が我慢できなくなって、間に入った。
「あの、すみません。俺、宇佐見さんに会いに来たんですが、誰も出なくて、、。」
「なあ、チビたん。この人誰?」
聞かれた美咲より早く野分が答えた。
「はじめまして。俺、草間野分って言います。お願いします。俺、どうしても、宇佐見さんに会いたいんです。」
「どうしたんですか?」
いつもと違う野分の様子に美咲が驚いたような顔をしている。
「あの、、ヒロ、上條さんが宇佐見さんちに泊まったみたいで、それで俺、迎えにきたんですけど、、。」
「上條って、弘樹か?」
「知ってるんですか?」
弘樹の名前を聞いた途端、野分の前にいた黒髪の男はあからさまに楽しそうな顔をして、ポケットから鍵を出した。
「なーんだ、そーゆーことなら話は早いな。俺たちも秋彦の部屋に行くところなんだ。一緒に行くか?」
「龍一郎様、そのようなことを勝手に、、。」
「大丈夫だって、チビたんの知り合いだし。」
そう言って鍵を使ってオートロックを解除した男は野分を連れてエレベーターへと乗り込んだ。
「ありがとうございます。」
エレベーターの中で頭を下げる野分を龍一郎様と呼ばれた男は腕を組んで見ている。
「草間先生だっけ?弘樹とはどんな関係?」
「え?」
野分が知る限り、弘樹と呼び捨てにする人間は秋彦だけだったのに、この人は、いったい、、。
自分のことを面白そうに見ている黒い瞳は悪戯っぽく光っている。
「あの、あなたは、、?」
「ああ、そうか。こういうものです。どうぞよろしく。」
すっと名刺入れから名刺が差し出された。
「ありがとうございます。」
渡された名刺を見る。
「丸川書店の、、。」
名刺の肩書きは丸川書店代表取締役社長だった。
「ついでに秋彦と弘樹と俺とは実家がご近所さんで、ガキの頃からのつきあいだから、あやしいものではありません。んで、こっちは俺の秘書。」
「朝比奈です。」
さっきから後ろに控えていた背の高い男が会釈をしてきた。
野分は改めて自己紹介をした。
「俺はK医科大学附属病院の小児科で研修医をしてます。草間野分と言います。ヒロさ、、上條さんとはルームシェアしてます。」.
「ふぅーん、弘樹と一緒に住んでんのか。」
「はい。」
チン
エレベーターが最上階に止まり、ドアが開く。
玄関のドアを美咲が開けると、見覚えのある革靴が並んでいるのが見えて、野分の鼓動は早くなった。
やっぱりここにいるんだ。
「ウサギさん、、寝起き最悪だからなぁ〜。多分まだ、寝てるんだと思います。あ、どうぞ上がって下さい。」
美咲が申し訳なさそうに野分に言った。
「おじゃまします。」
ヒロさんも、寝起きは悪い、、、。
余りにも嫌な予感しかしないせいで、すっかり黙り込んでしまった野分は美咲に続いてリビングへと入った。
「ただいま〜。ウサギさん?」
静まり返ったリビングには人の気配はなく、弘樹が脱いだコートとジャケットがソファーの上に無造作に置いてあった。
「あー、やっぱりまだ寝てる。」
そう言う美咲に、後ろから入ってきた井坂が声をかけた。
「原稿できてるはずだから、ちょっと秋彦の部屋に行ってくるわ。」
勝手知ったる様子で井坂は階段を軽やかに登っていき、朝比奈は井坂の後ろを音もなく歩いて行く。
野分はリビングのテーブルの上に並んだ二冊の本を見つけて、手に取った。
自分には価値が分からないような、古めかしい本。
ヒロさん、どこにいるんだろう。
豪華なメゾネットに困惑だけが膨らんでいく。勝手に探すわけにもいかずに野分が不安な様子で視線をあちこちに泳がせていると、二階に上がった井坂が戻ってきて、嬉しそうに野分に言った。
「弘樹いたぞ。」
その言葉に野分が飛びついた。
「どこですか?」
「秋彦の部屋で寝てる。」
聞くやいなや井坂を押しのけるようにして階段に向かうと、物凄い勢いで駆け上がっていった。
「草間先生っ」
あまりの剣幕に驚いた美咲が慌ててその後ろを追いかけていった、
リビングのソファーに座った井坂は楽しそうにその様子を見上げている。
「龍一郎様。」
眉間に皺を寄せた朝比奈が咎めるように名前を呼んだ。
「何?」
「何もあのような言い方をなさらずとも。」
「見たまま言っただけだ。お前だって見ただろ。」
鼻歌混じりにソファーの背もたれに寄りかかる井坂を見て、朝比奈はため息をついた。
カッとなって二階に上がったものの、ドアの数の多さに野分は立ち止まってしまった。
「草間先生、、。」
荒い息で後ろから追いかけてきた美咲の腕を捕まえると、肩を掴んで問い詰めた。
「どこですか?」
その、小児科で見ていたものとはあきらかに違う表情に美咲が一歩下がった。
「あの、俺が起こしに行きますから、ここで待ってて、、」
美咲の言葉を無視して野分はまた廊下を歩き出すと、近いところのドアを手始めに、片っ端から開け始めた。
ガチャ
何度目かでようやく目指す部屋のドアにたどり着いた。
天井には万国旗がはためき、飛行機が飛んでいる。床には電車が走り、無数のロボットをはじめとしたオモチャが並んでいる。しかしそんなある意味壮観とも言える空間も、野分の目には入らなかった。
野分が見ているのはたった一つ。
部屋の真ん中に置かれた大きなベッド。その中に探していた茶色の髪の毛が埋もれていた。
ヒロさん、やっと見つけた。
そう思い、ホッとしたのは一瞬だった。その横に見える別の色の髪の毛に、野分は自分の身体中の血が逆流するかと思った。
「草間先生。」
美咲が後ろから捕んだ手を荒々しく払うと、床のオモチャをかき分けるように部屋の中に進んだ。
ベッドのそばには見覚えのあるスラックスとネクタイが無造作に脱ぎ捨てられている。
野分はベッドサイドに立って見下ろした。
たっぷりとした羽毛布団に埋もれているせいで、顔が半分隠れてはいるものの、そこで寝ているのはやっぱり弘樹で、その横で寝ているのは、秋彦だった。
大きなベッドの中央で二人は向かい合って眠っている。
その様子はまるで、抱き合っているかのようだった。
「ヒロさん、、」
顔を近づけると、弘樹から煙草の匂いがした。
イヤだ。
イヤだ。
イヤだ。
普段の野分なら、決してやらないような起こし方をしたのは、二人が一緒に寝ているのが、もう一秒たりとも許せなかったせいだった。
「ヒロさんっ、起きて下さい!」
そう言うと野分は、力任せに羽毛布団を剥ぎ取った。
そこには下着にワイシャツを着ただけの弘樹が寝ていた。
白い手と脚を絡めるようにして、大きなクマのぬいぐるみに抱きついている。
大きなクマのぬいぐるみの反対側には同じように抱きついて寝ている秋彦がいた。
「え?!」
クマのぬいぐるみを挟んで幸せそうな顔で眠っている男二人に、野分から気の抜けたような声が出た。
「、、、、クマ?」
「あ、それ鈴木さんって言います。」
「鈴木、、さん、ですか、、。」
「ウサギさん、起きろってば。」
美咲が宇佐見に声をかけるのを見て、野分も弘樹を起こし始めた。
「ヒロさん、ヒロさん、起きて下さい。ヒロさん、」
「、、ん、、もう少し、、。」
甘えたような声を出して寝返りを打った弘樹にため息をつきながら、もう一度野分は声をかけた。
「ヒロさん、ヒロさん、お願いですから、起きて下さい」
起こしながら、弘樹の脚が出ているのが気になって床に脱ぎ捨てられていたスラックスを履かせた。
「ん?、、のわ、、き?」
「ヒロさん、早く起きて下さい。帰りますよ。」
ようやく意識がはっきりとしてきた弘樹が目を開けたとき、突然、隣で秋彦を起こしていた美咲が悲鳴を上げた。
「やめっ、触んなって!おいっ、、バカウサギっ」
見ると、起こされた秋彦がものすごい勢いで美咲を抱きしめ、押し倒している。美咲は逃げようと必死になって暴れているようだが、もうすでに、シャツの裾が捲れ上がっていた。
一瞬、唖然とした野分だったが、慌てて半分寝ている弘樹を抱え上げた。
「あの、、おじゃましました。」
「あ、草間先生っ!!これは、違うんです。おいこら、エロウサギっ!!やめろ!」
なおもジタバタしながら叫んでいる美咲をそのままに、弘樹と、床に落ちてた衣服を回収すると野分はそっと部屋から出て、ドアを閉めた。
「、、、野分。」
「おはようございます。ヒロさん」
咄嗟に抱えられた弘樹は、お姫様抱っこの体勢になっている。
「降ろせよ。」
「嫌です。」
そう言うと野分は階段へと向かった。
「のわっ、、っつ、、痛たたた。」
怒鳴ろうとした弘樹が顔を顰めた。
「ヒロさん、飲み過ぎです。二日酔いなんでしょう?」
「うるせー。いいから降ろせ。」
「階段だから暴れないで下さい。」
そう言われて仕方なく弘樹は一旦暴れるのをやめた。
「お前、仕事は?」
照れ隠しに顔も見ないで話しかける。
「夜まで休みもらいました。」
「あっそ。よかったな。」
嬉しくなって、うっかり野分の胸に顔を押しつけたとき、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お姫様は、どうやら無事だったようだな〜。」
「はい、おかげさまで。」
リビングのソファーに座っている井坂が野分に手を振っている。
「なっ、なんでここに?、、野分、降ろせって!」
そう言うと降りるというより、まるで落ちるような勢いで弘樹は野分の腕から飛び出した。
「久しぶりだな、弘樹。」
「、、、、ご無沙汰してます。」
「お前はあいかわらず秋彦んちに泊まってるんだな。」
井坂の言葉に弘樹の後ろからジャケットを着せようとしていた野分の動きが一瞬止まった。
「あいかわらず?」
「何言ってんですか井坂さん。逆ですよ。あいつがうちによく泊まりにきてたんですよ。」
ジャケットに手を通しながら弘樹が答える。
「そーだっけ?」
「そうですよ。」
そう言うと、弘樹はテーブルの上に置いていた本を一冊手に取って鞄の中に入れた。残った本を野分が手に取る。
「ヒロさん、こっちの本は?」
「ああ、それは俺が秋彦にあげた本だから、そこに置いといてくれ。」
黙って野分が本を戻した。
「じゃあ、井坂さん、朝比奈さん、俺たちは帰ります。」
帰り支度のできた弘樹の横で野分が井坂に頭を下げた。
「いろいろとすみませんでした。」
井坂はソファーの背もたれに両手を預けるように座ったまま鷹揚に笑った。
「いやー朝から面白かったわ。」
「、、、井坂さん、。」
弘樹の眉間にシワが入ったのを見て野分が慌てて弘樹の腕を引いた。
「ヒロさん、帰りますよ。」
マンションから出ると、野分は大きくため息をついた。
「どうした?」
「いえ、、。」
自転車を押しながら歩く野分の横を弘樹がこめかみを押さえながら歩く。
「なあ、野分。」
「何ですか?」
「コンビニ寄っていいか?」
野分は心配そうに弘樹の顔を覗きこんだ。
「具合でも悪いんですか?薬なら家にありますけど。」
「違う。」
「じゃあ、、?」
「お前が帰ってくると思ってなかったからケーキも買ってねぇんだよ。」
「ヒロさん、、。」
こんな時間だし、せめてコンビニのでも、何もないよりはマシだろ?」
俯いている弘樹の顔は見えないけれど、野分にはその赤くなった顔がまるで見えるかのようだった。
「はい。ヒロさんと一緒にケーキ食べたいです。あ、でも、それより、、」
「そっかお前、腹減ってたか?ケーキの他にも、なんか買って行こうか?」
そう野分を見上げながら少し心配そうな顔で聞いてきた弘樹に、野分はニッコリと笑いながら言った。
「そうですね。お腹も空いてるんですけど、とりあえず家に帰ったらヒロさんの子どもの頃の話を聞かせて欲しいです。」
「は?」
驚いて聞き返した弘樹に野分がもう一度言う。
「ヒロさんの子どもの頃の話を聞きたいです。
「なんでだよ?」
野分の瞳が僅かに暗くなった。
「ヒロさんのことは全部知りたいからです。」
そう言いながらも、分かっていた。
どんなに好きでも、その人のことを全部知ることなんて、できはしないんだと。
それでもやっぱり知りたいと思ってしまうのは、自分のエゴなんだろうか。
日陰の道はまだ凍てついていて、自転車のタイヤがとられそうになった野分は、ハンドルを強く握りしめた。
「野分。」
「はい。」
「お前これ以上、俺の何が知りたいってぇんだよ。」
「え?」
「俺よりも俺のことを知ってるだろーが、、、ボケ。」
「ヒロさん?」
「お前の知ってる俺が、、今の俺だ。」
真っ赤になって歩いていく弘樹を見て、野分の顔がみるみるうちに変わっていった。
「ヒロさん、もうコンビニに寄らなくてもいいです。」
「ケーキはどうするんだよ?」
「早く家に帰りましょう。」
「お前、腹減ってんじゃねーのかよ?」
「はい。だから、早く家に帰ってヒロさんとベタベタします。」
「はぁ?お前、今、何時だと思ってんだ?」
「ヒロさん不足に、時間は関係ありません。」
「アホかっ!」
「何度も言ってますけど、アホじゃありません。ヒロさんバカなだけです。」
日が射してきた。
雪が解けた道を二人で歩いていく。
みんなが幸せなクリスマスを過ごせているといい。
そう願うのは、きっともう幸せなクリスマスを迎えているからだと思いながら、大切な人と過ごせる時間を握りしめた。
今日は、クリスマス。
大好きな人と過ごしたいと願う日。
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