frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
記憶
ヒロさんと野分の日常。
*野分視点
エゴの待ち合わせが、好きです。
2014.10.8 pixiv投稿
だけど、その中に大好きな人がいるなら、それはまた別だ。
待ち合わせをすると、必ずヒロさんは俺より先に来ている。だから俺も、急な仕事が入らない限りは待ち合わせの時間よりも早く行くのが習慣になっていた。
なんだか待ち合わせ時間の意味がないような気もするけれど。
ヒロさんをこんな人混みの中で長いこと待たせるわけにはいかない。
どんな雑踏の中でも、ヒロさんはすぐにわかる。姿勢良く、少し俯いて本を読みながら立っているヒロさん。俺は今日もすぐに見つけて、早足で近づいていた。
あまり遠くから名前を呼ぶと怒られるから。
あと少し。
もう少し。
近づいてくる、少し風に揺れている茶色っぽい髪の毛が、白い頬が、文字を追っている瞳が、きつく結ばれている口元が。
俺は名前を呼ぼうと口を開いた。
そのとき
「草間君!?」
横から、名前を呼ばれた。
思わず足を止めて、声のした方を見た。声の主は、俺より年上に見える女の人。
えっと、確かこの人は。
「草間君だよね?久しぶりだねー。元気にしてた?」
思い出した。昔、バイト先で一緒だった女の人。
あれ、、名前は、、?
俺は名前を思い出せずにモタモタしている間に、完全にその人に捕まってしまっていた。
「今、何してるの?」
「えっと、待ち合わせです。」
答えながら少し離れたところにいるヒロさんの方を見ると、本を読んでいて、俺に気がついていない。
「やだ、そーじゃなくて、何のお仕事してるの?」
女の人は、俺の様子を見ながら、まだ、何か話しかけているけれど、俺はそれどころじゃない。
「あの、ごめんなさい。俺、人と待ち合わせしてるから。」
チラチラとヒロさんを見ながら言った。
「えー、ちょっと待って。よかったら連絡先交換しようよ。」
まだ、話しかけてきてるけれど、本当にもう、それどころじゃなかった。
いつの間にかヒロさんの隣に、誰かいる。
俺の知らない男だ。
スーツを着たその男は、ヒロさんに馴れ馴れしく話しかけている。
「ねえ、草間君」
携帯電話を出して俺に話しかけている女の人のことなんて、もう気にしている場合じゃなかった。
「ごめんなさい。俺、本当に急いでるから。」
そう言って、頭を下げるとヒロさんのところに走って行った。
「ヒロさん!!」
ヒロさんは本を手にしたまま、知らない男に話しかけられている。困ったような顔をしていたけれど、俺を見てパッと顔が赤くなった。
「すみません。遅くなりました。」
俺は膝に手をついて、息を切らしながらそう言った。
それから、俺はヒロさんの隣に立っている男に向かって、ゆっくりと笑いかけた。
「何か用ですか?」
俺を見て、ヒロさんに話しかけていた男は軽く舌打ちをすると、人混みに紛れていなくなった。
「今の人は、なんだったんですか?」
俺が聞くとヒロさんはさらに赤くなった。
「あ、あれだ。道を聞かれてた。」
それはいったい、どんな道案内ですか。
俺は思わずため息をついた。
「ヒロさん、いつも言ってますけど、気をつけてくださいね。」
「気をつけるってなんだよ。お前を待ってる時に道を聞かれたりすることなんて、しょっちゅうあるし、、。」
「こんなことがいつもなんですか?」
俺は一瞬目の前が暗くなった。いつも待たせている自分が許せない。
「ヒロさん、これからは、あまり早くから待たないように、それから、知らない男の、、、ヒロさん、聞いてますか?」
ヒロさんは話も聞かずに、俺の後ろの方を見ている。
「、、、ヒロさん?」
「いや、、あの人、お前を見てるぞ。いいのか?」
俺は後ろを見た。
さっきの女の人だ。まだ、こっちを見ていたようだ。俺は笑顔で会釈をしてからヒロさんを促して歩き始めた。
「なあ、よかったのか?知り合いだろ?」
「さっきの人、昔のバイト先で一緒に働いていた人なんです。来る途中に偶然会っただけですから。」
ヒロさんが俺の顔を見ている。
「俺、正直言ってあの女の人の、名前も思い出せなくて、、、。やっと思い出したのが、豚まんの人、でした。」
俺がそう言うとヒロさんは、口をポカンとあけた。
「豚まん?」
ヒロさん、もう、忘れちゃったかな。
そう思ってヒロさんの顔を見ていると、ものすごい勢いで振り向いた。
「あー、お前がバイト先から、よくもらってきてた冷凍のやつ!」
あ、覚えてたんだ。
「そうです。あの人がいつも俺にくれてたんですよ。冷凍豚まん。」
ヒロさんのアパートで、ヒロさんがレンジで温めてくれて、ヒロさんと二人で食べた。
俺とヒロさんの大事な思い出。
「お前、世話になってたんじゃねーか。名前を忘れるってひどくねえか?」
ヒロさんが少し呆れた顔で言う。
「でも、ヒロさんと食べた豚まんのことは忘れてませんよ。」
俺の横でヒロさんの頬は見る見るうちに赤くなっていく。
「野分、お前、そーゆーことは」
「それに、あの日のヒロさんの可愛い顔も、俺一生忘れません。」
「アホっ!」
ヒロさんは俺の頭を殴るとものすごい勢いで歩き始めた。
「待って下さい。」
「うるせえっ。ついてくんな。こんのボケカス!!」
「ヒロさん。」
追いついて、腕を掴んだ。
「ヒロさん。」
「離せっ!」
「ヒロさん。」
俺は両手でヒロさんの両手首をギュッと掴まえた。
真っ赤になって俯いているヒロさんは、小さい声で言った。
「頼むから、、、もう、忘れろっ、、」
「わかりました。じゃあ、もう言いません。すみませんでした。」
「おい!それって、結局は覚えてるじゃねえかよ。」
真っ赤になって俺を睨んでいるヒロさんの顔。
ああ、今日のこの顔も決して俺は忘れはしない。
「だって、仕方がないですよ。俺はヒロさん馬鹿なんですから。他のことは忘れても、ヒロさんのことは忘れるわけありません。」
「野分、、なんなら、何もかも忘れる位、ぶん殴ってやろうか?」
そう言ったヒロさんが俺の手を振りほどくと、右手で拳骨を作っているのが見えた。
「殴られてもヒロさんのことだけは、絶対に忘れませんよ。俺、自信があります。」
そう言って笑ったらヒロさんはふいっと顔を逸らして言った。
「アホ。」
真っ赤になってる耳と首筋が見える。
本当に、ヒロさんは可愛い。
「ヒロさん、行きますよ。ご飯、何食べますか?」
まだ拳骨を握っているヒロさんの手を握って俺は歩き出した。
ヒロさんと過ごせる時間は、俺にとっては宝物だから、どんな顔もどんな声も、俺は忘れない。
「野分、手、離せって、、。」
「あ、すみません。つい。」
「つい、で人前で手なんか繋ぐんじゃねぇ。」
怒ってるように照れてるように少し唇を尖らせて歩くヒロさんの顔は、また赤くなっていた。
そっとヒロさんの手を離す。ヒロさんの手のそばに自分の手を降ろして、並んで歩いていく。
歩くたびに揺れる二人の手が、時々、ほんの少しだけぶつかるように触れるだけでも、俺は幸せだから。
この手の感触さえも、俺にとっては忘れられない記憶になる。
大好きな人と、同じ時間、同じ場所に立っている。
怒られながら、くだらない話をしながら、歩いている。
通り過ぎていく少し冷たい風も、澄んだ空の色も、白いひつじ雲も。
いまこの瞬間全てを、刻みこみたい。
俺にとっては決して色褪せることのないアルバムの中に。
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