【髪】 のわヒロ

「お前もたまには変えてみたらどうだ？」
伸びた前髪を後ろに撫でつけてみる
「どうですか？」
「…ダメだ」
「やっぱり俺には似合いませんよね」
照れ笑いする顔から目を逸らす
いつの間にかすっかり大人になってたクソガキにやたらと胸が騒いだ
#セカロマ深夜の真剣文字書き60分一本勝負

【お祭り】

「遅くなってすみませ…」
「まだ間に合うだろ。行くぞ」
「はい」
提灯の灯りが揺れている
「お前、腹減ってんじゃねぇのか？」
「はい」
玉砂利を踏みしめる下駄の音
「何か食いたいものあるか？」
「はい」
浴衣を着たヒロさんを見つめた
#セカロマ深夜の真剣文字書き60分一本勝負

【丸川書店】

「新しいシリーズ？」
「あの純愛シリーズを増やしましょう！」
「相川、あれはそう簡単に書けるものじゃない」
「例えば、社長秘書と社長の恋なんてどうです？」
「…ダメだ」
「どうしてですか？」
「オフィスラブは井坂さんの許可がおりない」
#セカロマ深夜の真剣文字書き60分一本勝負

【七夕】

「野分…お前、何枚書くつもりだよ」
「えっ？」
気がつけば手元には同じ短冊が並んでいた
「もう帰っていいぞ」
シッシッと追い払われるように手を振られて頭を下げる
雨上がりの星の瞬く夜空の下
たった一つの願い事を握りしめながら走り出した
#セカロマ深夜の真剣文字書き60分一本勝負

【青色】

「あっ」
「どうした？」
「青いものを忘れました」
セットした髪のせいでショボンと下がった眉毛がよく見える
「大丈夫だ」
「でも…」
見ろよ、と窓の外を差す
「青い空もあるし」
「そうですね」
「それにもう…」
俺は十分幸せなんだから
#セカロマ深夜の真剣文字書き60分一本勝負

【あさいさ】

静かに落ちてきた雨が窓を伝っていく
「どうかなさいましたか？」
「降ってきた…」
傘もささずに走り出したあの夜を思い出して空を見上げる
「私は雨は嫌いではありませんよ」
俺もだ、と言う代わりに振り向いて、微笑んでいる唇を塞いだ
#セカロマ深夜の真剣文字書き60分一本勝負

【待ち合わせ】

ったく、そんなに走って来なくてもいいって言ってるだろ
それでなくてもてめぇは目立つんだよ
「ヒロさーん！」
だから、嬉しそうに手なんて振るんじゃねぇ
「お待たせしました」
「別に…待ってねぇし」
「顔、赤いですけど？」
「うるせぇ！」
#セカロマ深夜の真剣文字書き60分一本勝負

【待ち合わせ】

おかしくて笑えてくる
『待ってますから』
どうしてあんな言葉を信じたんだろう
待っているのはいつだって俺ばかりで
そして
誰も俺のところへは来やしない
初めからわかっていた
「バカだな」
もっと強く降ればいいと願いながら俺は歩き出した
#セカロマ深夜の真剣文字書き60分一本勝負

【ジューンブライド】

「降り出してきましたね」
「だからやめろって言ったろ」
白いスーツ姿に手を差し伸べる
「俺は好きですよ」
雨音の中での誓いの言葉はまるであの夜のようで
違うのは
誓いのくちづけに降り注ぐ温かな祝福
また一つ、雨の日の幸せな思い出が増えた
#セカロマ深夜の真剣文字書き60分一本勝負

【雨】

失くしたのではなく
最初からなかったんだと
一度は諦めたはずの温もりを抱きしめる
もっと降ればいい
今だけは
プライドも全部洗い流してくれたらいい
雨音に閉じこめられながらキスをする
一年分の涙の跡を流すように
雨は一晩中降り続けた
#セカロマ深夜の真剣文字書き60分一本勝負