frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
たいやき
ヒロさんの秋。野分の心配は、尽きることなく。
※ヒロさん視点です。
2014.9.27 pixiv投稿
思わず深く吸った冷たい空気の中に、香ばしい匂いが混ざっている。見回すと大学のほど近くに新しい小さな店が出来ている。
なんだろう?
のぼりが風にはためいていた。
『たいやき』
そーいや、野分、鯛焼き好きだったな。
前に野分が、何か「抹茶クリーム白玉なんたら鯛焼き」とかって長ったらしい名前の鯛焼きを買っていたのを思い出した。
今日は一緒に夕飯を食べられそうだから、帰りに買っていこうか。
店の前に女子学生が行列を作っているのを見ながら、俺は構内に戻って行った。
青くて高い空を見上げて思う。
秋だ。
この間まで、汗をかいてはアイスを食べたいと思っていたのに、気がつけば熱々の鯛焼きを欲しがる季節になっていた。
**********
俺が学校を出る時間には、流石に店の前に行列はなかった。
さらに、店頭にも人がいなかった。
ひょっとして、もう店、、閉めたのか?
「すみません。」
おそるおそる声をかけると、思ったより若い男の人が奥から出てきた。
「いらっしゃいませ。」
「あの、鯛焼き、、ありますか?」
どう見ても、焼きあがりを並べて置くガラスのショウケースは空っぽで、昼間の行列と合わせて考えれば、答えは、、売り切れ、、ではないのか。
そう思いながら尋ねると、店の人は俺の顔をジッと見ながら聞いてきた。
「何個ですか?」
「二つ、、です。」
大の大人が買うには少なすぎるか?普通は何個買うものなんだ?いや、でも、たくさん買っても食べ切れないし、、。
俺の思考回路が慌ただしく回転し始める。
「何にしますか?」
まだ、何か聞かれるのか?
いや、何って、鯛焼き、、、。
「何って?」
思わず聞き返すと、メニューを指差された。そこにあるのは
つぶあん
こしあん
クリーム
チョコ
季節限定
こんなにあるのか。まてよ、、野分は何が好きなんだ?
俺は、断然つぶあん派だ。
野分は、、変わった味の方が好きかもしれない。
「あの、季節限定ってのは何ですか?」
「今は栗餡です。」
「じゃあ、つぶあんと栗餡を一つずつ下さい。」
「今から焼きますから、少しお時間いただけますか?」
「あ、はい。お願いします。」
「そこの椅子に座ってお待ちください。」
俺は言われた通りに丸いスツールに腰掛けた。
店の人が奥に行って、材料を出し始めた。
普段あまり見ることのない作業に、俺は興味を惹かれて、思わずじーっと見ていた。
型に生地を流し込む。よく見る一度にたくさん作る型ではなくて、一匹一匹焼き上げる型を手際良く扱っていく。
あれ?三匹焼いてるけど、、。
店内にいい匂いが満ちてくる。
上手いもんだなあ。
無駄のない動きは見ていて飽きない。
生地の中に、つぶあんを乗せ、栗餡をのせ、残りは濃い黄色のクリームのようなものを乗せて、焼いていった。
「お待たせしました。360円になります。」
差し出されたのは、三匹の鯛焼きだった。
「あの、俺が頼んだのは二つなんですけど?」
店の人は、たい焼きの型を片づけながら、
「一つは新作です。差し上げますから、試食してみて下さい。」
と言った。
「え?でも、、。」
「あ、モンブランですけど、平気ですか?」
「モンブラン?」
ケーキかよ。でも、野分はこういうの案外好きかもな。
「ありがとうございます。」
温かい包みを受け取った。
「良ければ、後で感想を教えて下さい。」
「、、、わかりました。」
俺が店を出るとき、出した材料はまた奥へと戻されていた。
やっぱり、ちょうど店閉めようとしてたのかもしれないな。
悪いことをした。
せめて、次に買いにきたときは、もらった鯛焼きの感想を伝えよう。
俺は腕に鯛焼きの温かさを感じながら、マンションへの道を歩いて行った。
**********
「ご馳走様でした。」
久しぶりに二人で夕飯を食べた後、俺は日本茶を用意した。
ヤカンにお湯を沸かして、急須を出していると、野分が後ろから抱きついてきた。
「野分、、邪魔だって。」
そう言って野分をくっつけたまま茶葉を急須に入れると、肩から俺の手元を覗きこんでいる。
「日本茶なんて珍しいですね。」
「ちょうど実家からいいお茶もらったとこだったし、今日は、鯛焼きがあるからな。」
「鯛焼きですか?」
野分の嬉しそうな声に、俺は思わずぶっきらぼうな声で、
「た、たまたま、店の前を通りかかった、だけだからな。」
そう言って、乱暴に湯呑みを並べた。
「ありがとうございます。」
「だから、野分、、苦しいって。」
俺に回されている腕がさらに強く絡みつき、頬と頬がピッタリとつけられた。
コンロでヤカンが沸騰する音が聞こえてきた。
「野分、離せよ。お湯が沸いてる。」
巻きついてる腕を力任せに取ると、コンロからとってきたヤカンのお湯を湯呑みに入れて、少し冷ましてから急須に入れた。
お茶の香りが漂ってきた。
湯呑みをテーブルに並べる。鯛焼きの袋を置くと野分が皿を持ってきた。
「野分、どれにする?」
「俺は何でもいいです。先にヒロさんが好きなの選んで下さい。」
「悪りぃな。じゃ、俺はつぶあん。」
野分は残った二つの鯛焼きを両手に持って悩んでいる。
「ヒロさんはどっちがいいと思いますか?」
「こっちは試食で貰った分だぞ。」
俺はモンブランの方を指差して言った。
野分の手が止まった。
「試食?」
「ああ。決まらないんなら、二つ食べろよ。」
俺はそう言ってさっさと自分の鯛焼きを口にした。
「美味い、、。」
野分はまだ悩んでる。
「どーひた?」
口の中に鯛焼きを入れたまま、モゴモゴと聞くと
「試食で、一匹くれたんですか?」
野分は妙にマジメな顔で聞いてきた。
「うん。」
俺はお茶を飲んで、やっと口の中が空になった。
「買ったのは、つぶあんと栗餡だけだぞ。そっちの洋風のは貰ったんだ。」
首を傾げる野分に
「栗、嫌いだったか?お前。」
そう聞くとぶんぶんと首を横に振った。
「好きです!じゃあ、栗餡をもらいますね。」
手にした鯛焼きを嬉しそうに食べている野分を見ながら、俺も自分の鯛焼きを食べた。
「ヒロさん、この鯛焼き、天然物じゃないですか?」
「天然物?」
野分が食べながら、鯛焼きをやけに見ている。
「なんだそれ?」
「焼くときに、一匹ずつ焼いた鯛焼きのことをそう言うんですよ。」
食べ終わった俺はお茶を啜った。
「ああ、言われてみれば、一匹ずつ焼いてた。」
「珍しいんですよ。焼いてたのどんな人でしたか?」
「どんな?うーん、、あまり覚えてないけど、、若い男だったぞ。」
「、、、何か言われましたか?」
「あ、そーだ。試食して、感想を後で教えてくれって。」
そうか、感想を言うためには食べたほうがいいよな。
俺は残っている鯛焼きに手を伸ばした。
「やっぱり、俺が食べようかな。」
俺の手が届く前に、残っていた鯛焼きは野分の手の中に移っていた。
「俺が食べます。」
「ん?そうか。」
俺は新しいお茶を淹れに立ち上がった。
なんだよ、やっぱり鯛焼き好きなんだな。あんなにムキになるなんて。
急須を見ながら、思わず顔が綻んだ。
また、買ってきてあげよう。
新しいお茶を持ってテーブルに戻ると、ちょうど二匹目の鯛焼きが野分の口の中に収まっていて、最後の尻尾の部分が野分の口の中に入っていこうとしているところだった。
「あ、、少し食べさせろよ。」
俺が慌てて言うと、口から鯛焼きの尻尾だけを出した野分が、顔を近づけてきた。
「お前、、まさか、それを齧れとでも言うつもりか?」
野分は首を縦に振ると、もう一度顔を俺の方へ近づけてきた。
「アホっ!!」
俺は野分の頭めがけて力いっぱい拳を振り下ろした。
しかし、その手が頭に当たる前に掴まれたかと思うと、俺の身体は引き寄せられた。後頭部に手を添えられると、次の瞬間、俺の口の中に、甘くて柔らかい鯛焼きが入ってきた。
「んんんーっ!」
「尻尾まで、クリーム入ってて美味しいですね。」
口移しで鯛焼きを渡して、俺から離れた野分が涼しい顔でそう言うと、湯呑みの茶を啜っている。
俺は口の中の鯛焼きの味を味わうどころではなかった。
口の中が甘いのが鯛焼きのせいなのか、野分のせいなのかも分からなかった。
飲み込んで、ギロッと睨みつけると、湯呑みを置いた野分が真っ黒い瞳でじっと見つめ返してきた。
「でも、俺、鯛焼きよりもっと甘いものが食べたいです。」
「なんだよ、もう甘い物は買ってねえぞ。」
俺はそう言って、皿をまとめるとシンクに運んだ
野分は薄く笑うと椅子から立ち上がって俺の後ろに来た。
優しく肩に腕を回して、首すじに唇を寄せると
「どこにも売ってないものです。」
そう俺の耳元に囁いた。
甘いものが欲しいだと?
お前の言葉より甘ったるいものが、どこにあるってんだ!
アホ野分。
言ってやりたい文句は山のようにあったのに、俺の唇は野分の唇に塞がれてしまっていた。
**********
「やっぱり、ヒロさんは、どこもかしこも、甘いです。」
首筋に、鎖骨に、胸の尖りに、身体中に舌を這わせながら、野分が湿った声で囁いてくる。
熱にうかされたような頭で想う。
俺は甘い言葉なんて、口から出すことができないけれど、出せなかった甘い言葉が積み重なり、結晶となって、身体から滲み出ているのならいいのに。
甘い言葉の代わりを野分に与えることができているのだとしたら、嬉しいのに。
「のわき、、。」
俺は精一杯の想いを込めて、名前を呼ぶ。
俺に何よりも甘くて熱いものを与えてくれる、たった一人の名前を。
耳からも、口からも、あらゆるところから、俺を甘く蕩けさせる男の名前を
何度も何度も呼んだ。
甘い言葉の代わりに。
**********
「なあ、野分。」
二人で朝食をすませて、コーヒーを飲んでいるときに、突然思い出した。
「なんですか?」
「昨日の鯛焼き、美味かったか?」
「はい。」
「あの、貰ったやつは?モンブランとかって、アリなのか?」
俺も少しは食べたけれど、味なんてほとんどわからなかったから、、、。
野分はじっと俺を見ている。
「野分?」
「どうしてですか?」
なんだろう。急に野分の機嫌が悪くなった。
「いや、試食を頼まれた以上、責任もって返事をしないと、悪いだろ?」
コトン。
マグカップをテーブルに置きながら、野分が、盛大なため息をついた。
「わかりました。感想は、俺が直接お店の人に言います。」
「はあっ?」
「今日は休みですし、後から買いに行きましょう。」
そう言うと、、、ニッコリと笑った。
何故だろう。
俺は思わず窓の外を見た。
爽やかな青い空が広がっている。
そうだよな。
気のせいだよな。
今、何か真っ黒い雲が見えたのは。
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