frown
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野分の誕生日
野分がアメリカ留学から帰ってきた後です。
野分の誕生日は公式には不明ですが、930の9月30日は、エゴ好きにとっては、草間の日だと、いうことで。
野分、誕生日おめでとう!
2014.9.30 pixiv投稿
「あ、おまわりさん。コイツ家出したって。」
同級生に捨て子と言われた日。
その日は僕の誕生日だった。
違う。
僕の誕生日だと思ってた日。
それは本当の誕生日じゃなかった。
誕生日だと思っていた日は、僕が捨てられていた日だった。
誕生日だと思っていた日は、僕が拾われた日だった。
じゃあ、今日は一体なにがおめでとうなんだよ。
僕なんて、ここにいなくってもいいんだ。
[newpage]
ひたすら自転車をこいだ。
どこか、遠くへ。
誰も、僕のことを知らないところへ。
それなのに、乗っていた自転車がパンクしちゃうなんて。
家出も難しいんだな。
そう思っていた時に会った男の子は、通りかかったおまわりさんに僕の家出を告げ口すると、どこかへ消えてしまった。
名前も知らない子。
交番に連れて行かれて、お父さんとお母さんが迎えにきてしまったから、僕の家出はあっけなく終わった。
帰り道、あの子のことを、お父さんとお母さんに聞かれたけれど、暗くて顔もあまり見えなかった。名前も聞いてなかった。
一つだけ、着ていた服を少しだけ覚えていた。するとお母さんは、
「ああ、あの学校の子なのね。」
と言った。
「知ってるの?」
そう聞いた僕の頭を撫でてくれたお母さんは
「そうね。でも、野分はもう、あの子には会えないんじゃないかな。」
そう言ったんだ。
なんでだろう?
僕は、そのうちに会えるかなって思っていた。
でも、会うことはなく、僕は小学校を卒業して、中学生になった。
その頃には、気がついていた。
あの子とは、住む世界が違う。
あの子が着ていた服は、有名な私立小学校の制服だったから。
[newpage]
子どもたちの賑やかな声の隙間から電話が鳴っているのが聞こえてきた。
「はい、草間園です。」
「母さん?野分です。」
電話の向こうから聞こえた声に驚いた。先日、帰国の連絡があったばかりなのに。
「どうしたの?珍しいわね。」
「俺、引っ越すことになったから。」
いつもそうだ。野分からの電話は、相談ではない。
「え?この前日本に帰ってきたばかりじゃない。どうしたの?」
突然のことに聞き返したけれど、この子がこうやって私たちに伝えてくる時には、もう気持ちは固まっている。事後報告なのは、いつものことだった。
アメリカ留学もそうだった。
それでも、不思議だった。引っ越すのはなぜだろう。今、その必要はないはずだった。この子は無駄なことはしない。
もう一度聞いた。
「どうして引っ越すの?」
少しの間が、電話越しの緊張を伝えてきた。
「うん、実は上條さんと、ルームシェアすることになったから。」
上條さんと?
「そう、、わかった。じゃあ、ご挨拶に伺おうかな?」
「いいよ。向こうの家の人も来ないし。俺たちだけで、大丈夫だから。」
「、、じゃあ、上條さんによろしく伝えてね。」
「うん。新しい住所とか、後できちんと連絡するから。」
電話が切れた。
あの子はいつもそうだ。全部自分で決めてきた。
「俺、中学卒業したら、ここを出て働くから。」
あのときも、そう言って一人で草間園を出ていってしまった。
私達に負担をかけたくなかったのだろう。
あの子は優しい。
優しすぎる。
何か欲しいなんて言ったことはなかった。
何かになりたいということも、なかったかもしれない。
あの時までは。
[newpage]
「俺、大学受けることにしたから。」
久しぶりに訪ねて来たと思ったら、あまりに予想外の報告に驚いて、声もなかった。
大学?
「だから、しばらくの間、あまり仕送りできないと思う。ごめん。」
まただ。この子は草間園と私たちのことばかり心配している。
「仕送りはいいのよ。それより大学って、あなた高校出てないじゃないの。どうやって、、」
「大検、受かったから。」
「働きながら勉強してたの?一人で?」
野分は少し笑いながら、言った。
「T大学の人と知り合いになって、勉強教えてもらったんだよ。」
「え、じゃあ、月謝とか、どうしてたの。高かったんじゃないの?」
「大丈夫。すごくいい人だから、お金のことは心配いらないんだ。」
こんな風に嬉しそうに他人のことを話す野分に驚いた。
「そう、よかったわね。その人、名前はなんていうの?」
「上條弘樹さん。」
かみじょう。
どこかで聞いたような。
「どこを受けるんだ?」
私がぼんやりと考えている間に、主人と野分が話していた。
「、、、医学部にする。」
「医学部?お前、本気で言ってんのか?」
驚いた主人に対して、覚悟をしていたのだろう。いつもと同じ表情で、目を逸らさない野分がいた。
「うん。もちろん国立にするけれど、医学部を受ける。」
この子はきっともう決めている。
主人はやれやれという顔をして野分を見た。
私は、どうしてもわからなかった。
この子が、何かになりたいというのはこれが初めてだ。
「急に、どうしたの?突然、医学部なんて、言い出して。」
野分の顔が、一瞬赤くなった。
「医者になって、たくさんの子どもを助けたいって思ったんだよ。」
「別に医者じゃなくても、他にも子どもを助ける方法はあるわよ。それじゃ、ダメなの?」
なおも食い下がる私に静かな声で野分は言った。
「医者じゃないと、、、並べないんだ。」
並ぶ?一体何に?誰に?
私の疑問は消えないままに、主人と野分は話を進めていく。
「わかった。だけど、受かったとしても、授業料とか、どうするんだ。」
「それは、色々と手続きもするし、バイトも続けるから、大丈夫だよ。」
私たちは、きっともうこの子にしてあげられることは、ないのかもしれない。
「受験勉強は、どうしてるの?」
「それも、上條さんにお願いしてるから、大丈夫だよ。本当に、すごい人なんだよ。」
そう言う野分の顔は、見たこともないほどに柔らかかった。
野分は、誰かのために、医者になろうとしているのかもしれない。
もし、そうだとしたら、それは野分にとって大切な人なのだろう。
「じゃあ、俺、バイトあるから。」
そう言うと、泊りもせずに帰っていった。
[newpage]
野分が帰った後に引っかかっていた名前を反芻していた私は、ようやく思い出した。
かみじょうさん。
野分が家出をしたときに、会った男の子の名前だ。
たしか、あの子も、かみじょうひろき。
これは、単なる偶然なのだろうか。
上條弘樹
同じ人かしら?
人の縁とは不思議なものだ。
二人は多分覚えていない。
野分が家出をした次の日、自転車を取りに行きながら、お世話になった交番へお礼をしに行った。その時にもう一度、野分が会ったという男の子のことを聞いてみた。
「その制服の子は、この辺りは多いんですよ。」
確かに、大きな、まるでお屋敷のような家が多く立ち並ぶ街だった。
「ちょっと待ってて下さいね。あの時、お子さんを保護した本人がもうすぐ来ますから。」
まもなくやってきた警官は笑いながら言った。
「あの時、一緒にいた子どものことですか。あの子なら、上條さんちの坊ちゃんですよ。自分、剣道の大会で見たことがあります。」
住所を聞いて訪ねた家は、やけに大きな家ばかりがならんでいる一角に建っている、驚くほど立派な門構えの風情のある日本家屋だった。
恐る恐るチャイムを押すと、家の雰囲気にぴったりの、綺麗な和服の女性が出てきた。
「どちら様ですか?」
突然の、見知らぬ女の訪問にも柔らかな顔で応対してもらって、私はホッとしながら、昨日の話をした。
話を聞いて、上條さんは穏やかに笑った。
「ゆうべはピアノのレッスンからの帰りがあまりにも遅かったんで、うんと叱ったところなんです。お礼だなんて、とんでもないです。本当にわざわざありがとうございます。」
そう言ってお礼を固辞されたけれど、私は持っていった菓子折りを渡した。
あの人は、私に、微笑みながら
「お子さんが無事でよかったですね。」
と言ってくれた。
門を出たところで、制服を着た男の子がこっちへ走って帰って来るのが見えた。
ああ、あの子が。
茶色っぽい髪の毛を揺らしながら、必死に走る姿に思わず頭を下げた。
私の姿を見て、一瞬止まった彼は、ベコリとお辞儀をすると、家の中へと入っていった。
あの日、お礼に伺ったのは私だけだったから、野分は上條さんの名前も知らないままだった。あまりにも違う世界に驚いた私が、伝えるのを躊躇ったから。
あれから、何年経つのかしら。
[newpage]
本当に医学部に合格したときも、お礼に行くという私に、野分は笑って言った。
「ヒロ、、上條さんは、そんなことされるとかえって困ってしまうから、来なくていいよ。」
結局、その時も私は上條さんに会えなかった。
その後は、野分も忙しいようで、特に連絡もなければ、家に来ることもなかった。久しぶりに会いにきたと思ったら、
「アメリカに留学することになったから。」
という、驚くような話を静かに話して、帰っていった。
そういえば、留学したすぐ後に、初めて上條さんと話したんだった。
あの人は野分はアメリカに留学したと教えたら、ひどく驚いていたっけ。
「上條さんとルームシェアするから。」
大学受験のときにお世話になったのは知っている。
だけど、どうして今度は一緒に住むことになったのだろう。
私は小さく溜息をついた。
例え聞いたとしても、あの子の気持ちは変わらない。
もう、あの子の中で、答えは出ているのだから。
あの子は、誰にでも好かれる。
あの子は、誰のことも嫌わない。
だけど、誰のことも、本当に愛してはいなかった。
多分、、私たちのことも。
あの子が、もし誰かを愛することができるのなら、私はそれが誰であっても祝福してあげよう。
きっともう、あの子にしてあげられることは、それくらいしかないから。
「野分、どうしたって?」
電話を置いた私に主人が聞いてきた。
「うん、引っ越すって連絡してきた。」
「そうか。元気だったか?」
「元気そうよ。」
あの子は、ちゃんと運命の人に会えるのだろうか。
思わず浮かんだ乙女チックな発想に自分で笑った。
野分はなりたいと思う自分を見つけたのだろう。そして、そのために進んでいるのだろう。
例え、それが誰のためだとしても、前を向いて進んでいく息子の姿はいいものだ。
野分。
あなたは、どう思っているのか知らないけれど、私はあなたの本当の誕生日なんて、知らなくてもいい。
あなたがうちに来た日が、記念日なんだから。
うちに来てくれて、ありがとう。
私の息子になってくれて、ありがとう。
頑張ってね、野分。
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