frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
愛する人
野分のとある一日。
2014.9.23 pixiv投稿
廊下を歩いていたら、すれ違った看護師に教えられた。
「わかりました。」
反射のような笑顔で返事をして歩き続ける。
せっかくヒロさんが持って来てくれたのに、会えなかった。
そう思ったら、少し俯き加減になりそうで、頭をブルブルと振った。気持ちを切り替えようと背筋を無理やり伸ばして歩いていると、病棟のプレイルームに見覚えのある頭が見えた気がした。
あれ?
いや、ヒロさんがプレイルームにいるわけないか。
でも、本当によく似ている。思わずそっちに歩いて行こうとした。
「草間先生、すみません。コウタロウ君のことなんですけど、」
「あ、はい。何ですか?」
俺はナースステーションの方へと足を向け直した。
あれは、ヒロさんだったんだろうか?
ナースステーションから出てきた俺は廊下の奥に立っている人の姿に驚いて足を止めた。
ヒロさん?!
思わず近寄ろうと思ったら、ヒロさんは津森先輩と話をしているところだった。
「ヒロさ、、」
ヒロさんは、津森先輩にお辞儀をすると、そのまま歩いて行ってしまった。
俺には会わないで帰ろうしたのに、津森先輩には話しかけるんだ。
胸の中にドロドロと黒くて重いものが渦巻く。
じっとヒロさんが立ち去った方を見つめた。こっちを向いた津森先輩は俺の視線に気がついたみたいだったけど、何も言わず、そのまま立ち去ってしまった。
なんだったんだろう。
病棟の廊下を歩きながら考えたけれど、答えは思いつかない。
ふと、プレイルームの中を覗き込んだ。部屋の後ろにある院内貸し出し用の本棚の前で、一人で本を読んでいる男の子がいた。
「しゅうと君、そろそろ部屋に戻ってね。」
そう言うと本を元の場所に置いて黙って出口に来た。
「読みたい本は借りてもいいんだよ。」
そう言う俺に、怒ったような顔を向けた。
「いい。ここの本は全部読んだから。」
しゅうと君はそう言うと、走って病室に戻っていった。
全部?
図書室ではなくプレイルームとはいえ、それなりに本は置いてある。
そうか、彼は長期入院だったな。
何か他の気晴らしを考えてあげないと。
俺は病室へと歩いていった。
[newpage]
「お疲れ様でした。」
更衣室から出て、挨拶をしてリュックを背負い直す。
「野分、久しぶりの帰宅だなー。上條さんによろしくー。」
そう言うと、津森先輩が背中をドンと強く叩いてきた。
「はい、、。」
俺は押されるように歩き出した。
病院から出る歩調も早くなる。
久しぶりの帰宅に、自転車のスタンドを思い切り蹴って、サドルに跨った。
ヒロさんに会える
涼しい空気の中を自転車は風を切って進んでいく。
気持ちいい。
あと、少し。
俺はペダルを漕ぐ足に力をこめた。
ヒロさん。
マンションのエントランスが見えるところまできて、自転車を漕ぐ足が止まった。
あの赤い車は・・・。
「ありがとな。助かったよ」
歩道に立っているヒロさんが運転席の宇佐見さんに話しかけていた。
俺が着くのとすれ違いで、宇佐見さんの車はエンジン音を唸らせて、立ち去ってしまった。
「ヒロさん。」
俺の顔を見るとヒロさんは驚いたように目を大きくした。
「あれ?ずいぶんと早かったな。」
「はい。今日は早く上がれました。」
どうして、宇佐見さんがいたんだろう。
俺は聞くことができなかった。
マンションの駐輪場に自転車を停めて、ヒロさんと一緒にエントランス
に入った。
エレベーターに二人で乗りこむと、ヒロさんの匂いがする。
今すぐにでも抱きつきたい。
そっとヒロさんの横顔を見る。チラッと天井を見るとエレベーターを写す防犯カメラがあった。
怒られちゃうな。
俺は静かに少しだけ近くに寄っていった。すると、微かにヒロさんから、違う匂いもした。
煙草の匂い。
俺は階数を示す数字を見上げた。
エレベーターが着いて二人で降りた。
部屋に向かうまでの僅かな距離。ヒロさんにもう一歩、せめて、もう半歩近づきたいのに、なんとなく近づけなくて、俺はトボトボと後ろを歩いて行った。
どうして宇佐見さんがいたんだろう。
「ただいまです。」
玄関を入ってすぐのところに本の入った大きな紙袋が四つ置いてあった。
その横を通って、リビングに入ると、テーブルの上にはマグカップが二つあった。
そして、その隣には、灰皿があった。
ヒロさんがシンクにマグカップと灰皿を下げるのを目で追った。
部屋に来てたんだ。
俺たちの部屋の中にも僅かに煙草の匂いが残っている。
俺は大きく窓を開けた。
「野分、飯、まだだろ?」
キッチンからヒロさんの声がする。
「はい。」
「すぐ出来るから。」
「じゃあ俺、先にシャワーしてきます。」
リュックを自分の部屋に置くと、浴室へ向かった。洗濯物を出してから、シャワーを浴びる。
そろそろシャワーだけだと寒くなってきたけれど、今の俺にはそれくらいでちょうどよかった。
ジャンプーをして、身体を洗う。もう一度、シャワーのお湯を頭からかける。
排水溝にグルグルと渦を巻いてお湯が流れていくのをじっと見つめた。
一体、何しに来たのかな。
俺がいない部屋で、二人で何をしていたのかな。
ドアの外からヒロさんの声が聞こえた。
「野分、、夕飯出来たぞ。」
思った以上に時間が経っていたことに驚いて、俺は、シャワーのコックを閉めた。
鏡の中の自分の顔を見る。
俺はヒロさんにふさわしい男になれているんだろうか。
バスタオルで乱暴に身体を拭いてリビングに向かった。
[newpage]
バスタオルを巻いてリビングに行くと、テーブルの上には鶏の照り焼きとポテトサラダの盛りつけられた皿が並んでいた。
「ヒロさんがポテトサラダ作るなんて珍しいですね。」
思わず言うと、バツの悪そうな顔をした。
「ああ、それは俺が作ったんじゃなくて、貰い物だ。」
「へえ、誰から貰ったんですか?」
俺は頭をタオルで拭きながら聞いた。
「いいから、何か服着てこいよ。」
「あ、はい。」
寝室に着替えを取りに行きながら考えた。
貰い物って、もしかして学生から?
それとも、学校の職員の誰かとか?
俺はため息をついて、パジャマ代わりにしているTシャツとスウェットパンツを身につけた。
「ごちそうさまでした。」
食器を重ねながら思わず聞いた。
「ヒロさん、サラダ誰から貰ったんですか?」
悔しいけど、本当に美味しかった。
「ああ、あれは、、、。」
ヒロさんは俺から目を逸らして、口ごもる。
俺は二人分の食器をシンクに下げてヒロさんの後ろに立った。そして、後ろから腰に腕を回して強く抱きしめた。
やっと抱きしめることができた。
肩口に顔をのせると、ヒロさんの熱を、匂いを、感触を感じて、うっとりとした。
ヒロさんだ。俺のヒロさんだ。
思わず出た溜息とともに、聞く。
「俺に言えないような人から貰ったんですか?」
ヒロさんの肩が微かに震えたのが、伝わる。
「秋彦の、」
また、宇佐見さんだ。
さらに強く抱きしめると、お互いの身体がぴったりと重なって、胸の鼓動まで伝わりそうになる。
「宇佐見さんの?」
声が少し掠れた。反対に心臓の音は大きくなる。
「ああ。秋彦の同居人からだよ。」
「同居人?」
「そうだよ。今日、秋彦の家に寄ったらサラダを作ってたから、美味そうだなって言ったら、分けてくれたんだよ。」
そっか。
宇佐見さんの家に行ったんだ。
「今度会った時、お礼言っておいて下さいね。美味しかったです。」
ヒロさん。今度はいつ、宇佐見さんに会うんですか?
俺の本当に聞きたいことは、胸の中から出てはこない。
俺はヒロさんの肩に乗せた顔を横に向けて、首筋に唇をつけた。
ヒロさんの腰に手を這わせて、ウエストからシャツの中に手を入れていった。
「野分、、何してんだよ、、。」
「ヒロさんを触ってます。」
「まだ、食器も洗ってねーって、」
「後でいいです。」
こうやって、俺の腕の中にいるけれど、本当は、ヒロさんは俺なんかの手の届く人じゃなくて。
「ヒロさん。」
俺はいつまでたっても、追いつけないような気持ちになる。
そうして追いかければ、追いかけるほど、会える時間は減るばかりで。
だからせめて、、
俺はヒロさんの顎を持つと後ろを向かせて、唇を重ねた。
舌を口腔に入れるとヒロさんの少し冷たい舌を絡めとって舌先を吸いあげた。
二人でいる時間はヒロさんが俺のものだと感じたい。
唇を離すと、ヒロさんが熱い息をついた。
「野分、、。」
もっと俺の名前を呼んで。
せめて今だけは、俺のことだけを見て、俺のことだけを考えて。
俺はまた、唇を重ねた。
[newpage]
窓の外から鳥の鳴き声がする。
薄く目を開けて、目の前の茶色い髪の毛に顔を埋める。
もう少しこのままでいたい。
だけど、目覚まし時計は、もう起きる時刻を示していた。
腕の中で眠っているヒロさんを、ぎゅうっと抱きしめて、首すじにもう一度顔を埋めてから、そっと身体を離した。
音がしないようにベッドから降りる。
さすがに、少し無理させたかも。
もう一度、髪の毛を触ってから、寝室を出た。
ヒロさんが休みの日は、病院に行く支度をするのも、ついぐずぐずとしてしまう。
結局ギリギリになってから、玄関を飛び出した。
なんとか時間までに病院について、荒い息のままで更衣室に入って行った。白衣を着て、廊下に出ようとしたところで、津森先輩と鉢合わせた。
「おはようございます。」
「おはよー。あれ?お前一人か?」
なんのことだ?
「一人ですけど、、、。」
そう言うと俺の顔を見てニヤリとした。
「お前、上條さんが起き上がれなくなるよーなこと、してねーだろうな?」
「、、、何言ってるんですか。」
そう言って廊下に出ていくと、更衣室に入って行きながら先輩は携帯電話を取り出していた。
「じゃ、電話してみるか、、。」
え?
思わず振り返った。
「先輩、今のって」
「草間先生、早く来てください。みんな待ってますよ。」
看護師の呼ぶ声がする。
俺はナースステーションに早足で行った。
きっと、いつもの冗談だろう。俺のこと、からかってんだ。
今は仕事に集中しないと。
俺は自分の頬を軽く叩くと、ナースステーションに入って行った。
「おはようございます。」
仕事をおろそかにするようじゃ、ヒロさんに、並ぶどごろか置いていかれてしまう。
俺は白衣の襟を直して、カルテを受け取った。
[newpage]
回診が終わって病棟内も一息ついていた。
「持ちますよ。遠慮しないで下さい。」
エレベーターホールから、帰ったはずの先輩の声が聞こえてくる。
見ると、大きな紙袋を両手に下げた津森先輩が廊下を歩いていた。その隣には、、、ヒロさんがいる。
「いや。もうそこまでなんで、自分で持てますから。」
先輩の持ってる荷物を取り返そうとしているのか、必死になって津森先輩に手を伸ばして、追いかけている。
そう言うヒロさんも両手に大きな袋を持っている、
何してるんだ。
渡さないように逃げる先輩に、手を伸ばしながら追いかけているせいで、バランスを崩したのが見えた。
危ない。
先輩の胸元にヒロさんの顔がぶつかっていき、津森先輩は手に持った紙袋を床に落とした。そして、そのまま、空になった両手でヒロさんを抱きとめた。
「ヒロさん!」
俺は思わず駆け寄った。
津森先輩の腕の中から、ものすごい勢いでヒロさんは逃げ出すと、床に落とした紙袋から飛び出した本を、真っ赤な顔でしゃがんで拾い始めた。
俺は、ヒロさんの横へ行った。
「ヒロさん、どうしたんですか?」
「本を持ってきただけだ。」
顔も上げずに、本を拾いながらヒロさんはボソっと答えた。
よく見ると本は全部子ども向けのものだった。
「上條さんがプレイルームに本を寄贈して下さるってさ、野分。」
津森先輩が手にした本を見ながら言った。
「ヒロさん、、、。」
さっきよりも、真っ赤になったヒロさんは本を袋に入れると立ち上がった。
「とりあえず、、少しだけど。」
少し、と言ってるけど、こんなにたくさんどうやって運んだんだろう。
「もしかして、昨日、宇佐見さんに車出してもらったんですか?」
「ああ、偶然本屋であったから、乗せてもらったんだ。」
そうだったんだ、
「ありがとうございます!」
「て、ことで俺と上條さんはプレイルームに本を運んでいくから、お前は仕事に戻りな。」
津森先輩の言葉に立ち上がった。
「わかりました。ヒロさん、本当にありがとうございます。」
俺は病棟へと戻って行った。
でも、なんで急に本を持ってこようと思ったんだろう?
「じゃあ、俺は帰るわ。お疲れー。」
津森先輩がナースステーションに顔を出しにきた。
「先輩!ヒロさんは、もう帰りましたか?」
俺の質問に津森先輩はニヤっと笑うと「さあ、どーかなー?」
そう言って帰ってしまった。
なんなんだ?まだいるのか?帰ったのか?
俺はまだ勤務時間だから一緒には帰れないんだけど、帰る前に顔を見たかったな。
ふうっと小さなため息をついてプレイルームの前を通りかかると、しゅうと君が本を読んでいるのが見えた。
今日は、一人ではなかった。
ヒロさんの膝の上に乗って本を読んでいた。
「ヒロさん!?」
俺は思わず声をかけた。
「ん?何か用か?」
珍しくニコニコしていたしゅうと君は俺を見ると、いつもの顔になった。
「いえ、もう帰ったかと思ってたので。」
俺がそう言うと、しゅうと君がヒロさんにぎゅうッとしがみついた。
「ああ、大丈夫だよ。この本読み終わるまでは帰らないから。」
ヒロさんはしゅうと君に話しかけた。
見たこともないような、優しい顔で。
安心したように、またしゅうと君は本を読み始めた。
「とりあえず、もうしばらくいるけど、迷惑か?」
「いえ、まだ時間も大丈夫です。ヒロさんさえ良ければ。」
「よかったな。」
そう言って頭を撫でられたしゅうと君はヒロさんにニッコリ笑った。
「そういえば、どうして本を持ってきてくれたんですか?」
俺が聞くとヒロさんはしゅうと君を見ながら言った。
「ここにある本は全部読んだって言うから。俺の子どもの頃を思い出したんだよ。」
「俺、今日持ってきてくれた本、全部読む!」
しゅうと君がそう言うと、ヒロさんは嬉しそうに笑った。
「よし、じゃあまた新しい本、持ってきてやるな。」
「約束だよ。また、来てね。」
しゅうと君はそう言ってヒロさんにまた抱きついた。
「じゃあ、俺、行きますね。今日は本当にありがとうございました。」
俺がそう言うと、ヒロさんに抱きついたしゅうと君が横目でジッと俺のことを見た。
プレイルームを出て、廊下を歩きながら、今度は大きなため息が出た。
まさかの、ライバル、か。
頑張らないと、負けそうだ。
俺は小さく笑いながら病室へと向かって歩いて行った。
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