frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
秋冷
お互い、二人で過ごす時間より、職場の上司と過ごす時間のほうが長いことは、やはり不安の種になるのでは。
2014.9.17 pixiv投稿
国文学の宮城教授の研究室にも、声が響き渡っている。
「上條〜、悪い、この資料50部ずつコピー頼むよ〜。」
俺の上司である宮城教授の声が研究室の本の山の間から聞こえてくる。
「だから、自分でやって下さいよ。俺だって自分の講義の準備あるんですってば。」
この人は、いつもギリギリになってこんなことを言ってくる。俺は助教授であって、助手じゃない。俺には俺の仕事がある。
「頼むよー。俺に美人秘書がつくまでの辛抱だと思ってさー。」
本の山から出てきた教授は、両手に資料を持って、ジリジリと俺に近づいてきた。
「学部長にでもならない限り、秘書なんてつきませんよ。」
「ええー!秘書つかないんなら、上條が俺の美人秘書になってくれよぉ。」
「何をバカなことを言ってるんですか!もう、貸して下さい。とっとと終わらせますよ。」
「さすがは上條!じゃあ、これとこれとこれ、頼む。」
教授の持っていた資料は俺の手に渡された。
研究室の印刷機の前に立ちながら、壁の時計を見ると、普段なら帰宅する時間になっていた。
どうせ、今日もあいつは帰ってこれない。誰もいない部屋に帰るのにも少し嫌になっていた。研究室で仕事でもしてるほうがまだ気が紛れる。
結局、俺はコピーを全部終わらせた。挙句に最後のホチキス留めまでしてしまった。
「教授、、本当に、勘弁してください、、、。」
やっとできた資料の山を前にして、俺はどさりとソファに座りこんだ。
「ありがとう、上條。お前は俺の天使だよ〜。」
宮城教授は訳のわからないことを言いながら隣に座って俺の肩を抱きしめてきた。
「はいはい。天使でもなんでもいいんで、もう、これっきりにして下さい。」
俺の肩に絡んでいる教授の腕を解いて立ち上がろうとすると、教授が肩をもう一度触ってきた。
「上條、お前、飯食ってるか?」
いつになく真面目な顔で聞かれた。
そう言えば、この1週間、、いや、2週間か、あまりちゃんとした食事をとっていなかった、、か?
俺は食事に対してあまりこだわりがない。一人でいると、ついつい抜いたりしている。今朝はコーヒーだけだったし、昼は、、買ってきたサンドウィッチとコーヒーだった。
「あー、まあ、適当に、、。」
「上條、彼氏がいなくても、飯はちゃんと食え。倒れるぞ。」
そう言うと、教授は俺の頭をクシャクシャッとかき混ぜた。
「だから、あいつは関係ないですって。」
頭に乗せられた手を払いながら言うと、今度は手を俺の頬に当ててきた。
「いや、お前、冗談抜きで顔色あんまり良くないぞ。」
教授はそう言って眉を顰めながら俺の目を覗き込んできた。
教授が心配してくれているのはわかった。でも、今はあんまり触られたり、近寄られたりしたくない。
俺は教授から視線を外すと立ち上がった。
「じゃあ、俺、帰りますね。」
自分の机の前に行くと、鞄の中身を確認して肩にかけた。
「おう、お疲れー。本当に助かったよ。ありがとな。」
全く、調子いいんだから。
俺は苦笑いをしながらドアを閉めた。
◇◇◇
ついこの間までの熱帯夜が嘘のように、夜の空気はひんやりとしている。むしろ寒いと感じるくらいだ。
道端からは秋の虫の声が聞こえてくる。
気がついたら、2週間も野分と会ってない。
あいつは本来のシフト以外に、急なヘルプでも宿直でも、頼まれればなんでもする。家に帰れないことなんて、もう慣れっこになっている。
それでも、いつもなら、着替えを取りに帰ってくる時間くらいはある。
どうやら今回は、それすらできなかったらしい。
マンションに着く直前に携帯電話が鳴った。
「ヒロさん、今、どこですか?」
野分の声。
「もう少しでマンションだけど。」
「遅いんですね、どうしたんですか?」
また俺の心配かよ。お前の方が忙しいってのに。
「ああ、宮城教授の手伝いをしてたから。」
「、、、そうですか。」
一瞬、変な間が空いた。
「それで、何の用だよ?」
「あ、着替えが足りなくなったんで、お願いしてもいいですか?」
やっぱり、なんだか声に疲れが出ている。
「病院に俺の黒いボストンを持ってきてるんで、何か他の適当な紙袋とかに入れて持ってきて欲しいんですけど、、すみません。」
あまりにも申し訳なさそうな声音に、逆につっけんどんになってしまった。
「いいに決まってるだろ。今から用意して持って行くから、待っとけ。」
電話を切ってから、溜息をついた。
まただ。
なんで俺は、いつもいつもこんな風にしか言えないんだろうか。
お疲れ、とか、もう少し優しい言葉をかけてやるべきだったんじゃないだろうか。
マンションの部屋のドアの前に着いて、鍵を出した。
いかんいかん。
ふるふると頭を振った。とりあえず、今は着替えを用意しよう。
マンションに入るとすぐに着替えの服を取りに、野分の寝室へと向かった。あいつの留守に入ることはほとんどないから、この部屋に入るのも久しぶりだ。
ドアを開ける。
あ、、。
久しぶりに嗅いだ匂いに、目の奥が、ジンっと熱くなった。
野分だ。
野分の匂いだ。
思わずぼんやりと立ちつくしていた。
「野分。」
口をついて出た名前に驚いて、我に返った。
え、えと、そうだ。着替えだって。
野分のクローゼットを開けて下着と洋服を出した。
取り出す枚数を考えて、また、会えない日にちが浮かんだ。
あと何日?
ったく。女々しいったらない。
着替えを持って立ち上がる。
鞄、どうしようかな。
紙袋って言ってたけど、俺のボストンバッグにするか。
俺は寝室から自分のボストンバッグを持ってきて野分の着替えを入れると、病院へと向かった。
◇◇◇
『着いた』
短いメールを送ってから病院の敷地に入っていった。
夜間出入り口をくぐる。
誰もいない外来で、照明の落ちた薄暗い待合室の椅子に座っている白衣の背中が見えた。
「野分」
俺はボストンバッグを手に近寄って行った。
野分だけかと思っていたら、座っている野分に向かい合って立っている白衣の人がいるのが見えた。
あの金髪の頭は、津森さんだ。
津森さんが、座っている野分の顔に顔を近づけていくのが見えた。
歩くスピードが思わず上がる。
俺の野分に、近づくな。
次の瞬間、俺は足を止めた。
野分は手を伸ばして、その金髪の頭を自分の方に引き寄せていた。
野分。
俺の手から、ボストンバッグが滑り落ちた。バッグが床に落ちる鈍い音がして、二人が俺のほうを見た。
野分、どうして。
俺は振り返ると、出口へと小走りに向かった。後ろで、俺の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、俺は振り向かなかった。
ここには、いたくなかった
そのまま、夜間出入り口まで行き、外へ出た。走り続けて、病院の敷地を出たところで、足を止めた。
息が上がっている。
振り向いてみたけれど、誰もいなかった。
どうして。
ぼんやりと考えながら、歩き始めた。
気がつくと、マンションの前に着いていた。
空を見上げる。雲が多く、月も見えない黒い空を見て、大きく一つ息を吐いた。
大丈夫。
マンションのエントランスに入っていき、エレベーターに乗った。
早く風呂に入ろう。
玄関の前で着替えを入れていたボストンバッグがないのに気づいた。
病院で落とした、か。
野分、気づいて拾ってるよな。
俺は玄関に入り、そのままリビングへと行った。
マナーモードにしたままの携帯電話がやけに震えているのに気がついた。ポケットから出すと、不在着信の通知がたまっていた。
開くと、全部野分からだった。
俺は全部消去して、浴室にむかった。
髪の毛を丁寧に洗う。
少し俯いて、シャワーのお湯を、ただひたすらに浴びた。
全部、流れてしまえばいい。
風呂の中で膝を抱えて頭を振った。
もしかして
野分は俺のこと嫌いになったのか。
疲れていても、優しい言葉もかけれないような、俺に、もう、ウンザリなのかもしれない。
俺だって、こんな自分は大嫌いだ。
こんなことで悩むとかって、なんなんだよ、俺。
天井から落ちた水滴が、肩に当たった。
俺から落ちた水滴が抱え込んだ膝に当たった。
こんな自分は 、、大嫌いだ。
◇◇◇
「おはようございます。」
研究室に入っていくと、宮城教授が新聞を広げて占いを見ていた。
「おはよう上條。あ、そういえば、頼みがあるんだ。」
新聞をたたみながら、立ち上がってきた。
「なんですか?もう、資料はできましたよね?」
俺は自分の机に座って、鞄を置いた。
「急で悪いんだけど、今週末の学会、発表の手伝いにきて欲しいんだよ。」
鞄の中から資料を出す手が止まった。
「それ、もしかして、泊まりですか?」
「そう。ついでに、芭蕉関連全部見てこようと思って。」
嬉しそうにそう言って俺の横まできた。
「また、芭蕉ですか?」
「せっかく行くんだから、寄りたいんだって。金曜日の学校終わりに出発して、土曜日の夜には帰ってくるから。よろしく頼む。」
「金曜日って、、明日ですか?なんでそんなに急に、、」
「当てにしてた院生の子がダメになったんだよ。頼む!」
手帳を確認したが、特別用事は入ってなかった。
週末には野分が帰ってくるだろう。
まだ、野分の顔を見たくない。
顔を見たら、きっと俺はまた言いたくないような言葉を言ってしまう。
「わかりました。いいですよ。」
そう言って顔を上げると、教授は俺の顔を見ていた。
「なんです?」
「上條、お前、大丈夫か?」
「週末なら、大丈夫ですよ。」
「いや、そうじゃなくて。顔色、昨日よりも悪いぞ」
「え?」
「昨日も言ったけど、お前、ちゃんと食べてんのか?」
そういえば、昨日は風呂に入った後、何も食べずに寝た。今朝も食欲がなかったから、特に食べずに来たんだった。
かといって、別に空腹も感じてない。
「大丈夫です。昼は学食でも行きますから。」
「そうか。ちゃんと食えよ。あ、新幹線とか宿の手配はしてあるから。」
教授はそう言うと、もう一度俺の顔を見てから自分の机に戻って行った。
あんなことくらいで、心配されるようではダメだ。
俺は、席を立つと、教室へと向かった。
◇◇◇
午前中の講義を終えて学食へ行き、それなりに混んでいる入口でメニューを見たけれど、やっぱり空腹を感じない。
食べるのが、、面倒だ。
溜息をつくと、来た道を引き返した。
研究室でコーヒーでも飲もう。そう思って歩いていると、携帯電話が震えているのに気がついた。
野分からの電話だった。
通知画面をじっと見る。
画面を触る指が微かに震えた。
「、、もしもし。」
.「ヒロさん、あの、昨日のことですけど、」
野分の声に、昨日見た光景がまた浮かんだ。
「悪い、今忙しいから。」
そう言って電話を切った。
目の奥が熱くなって、気持ちが悪い。
聞きたくない。
携帯電話を握りしめて俯く。なんだか少し息苦しくなってきた。
なんなんだよ。
「上條先生、、、大丈夫ですか?」
通りすがりの学生に声をかけられた。
「ああ、なんでもない。」
しっかりしろ自分。ここは職場だ。
野分の声くらい、なんだってんだ。
大きく深呼吸をした。
大丈夫。
俺は携帯電話の電源を落として、歩き出した。
戻った研究室には誰もいなかった。
大きく息を吐いて、ソファに腰を下ろした。
宮城教授は、ああ見えて敏い人だ。今の顔は見られたくはない。
立ち上がって、マグカップを出すと、インスタントコーヒーの粉を入れ、お湯を注いだ。
食べてないのが気になって、砂糖をスプーンで二杯入れる。
熱いコーヒーに息を吹きかけながら、ソファに座り直した。
学会に行くなら準備をしないと。
ぼんやりとコーヒーを啜る。
甘い。
甘味が体にじわっと沁み渡り、少し肩から力が抜けていくのがわかった。
ソファに身体をもたれかけて、天井を見上げる。
疲れた。
天井の隅にあるシミをみつけて、ジッと見つめる。
大きく息を吐いて起き上がり、少し冷めたコーヒーを一息に飲み干した。
午後の講義がない日でよかった。
そう思いながらソファから立ち上がった。
マグカップを洗って棚に戻すと、自分の机に座りPCを立ち上げた。
俺は自分の意識を書きかけの論文のことだけに向けていった。
◇◇◇
「上條、電気もつけずにいたのか?」
研究室に戻ってきた教授が驚いたような声をかけてきた。
顔を上げて時計を見るともう夕方になっている。
「ああ、、、気がつきませんでした。」
眼鏡を外して、目頭を指でおさえた。
電気がついた研究室の明るさに目を瞬くと、宮城教授が俺の顔を黙ってみている。
「上條、お前本当に、」
「大丈夫です。なんでもないです。」
教授の言葉を遮って立ち上がる。
「じゃあ、今日はもう帰ります。お疲れ様でした。」
教授の視線から逃げるように研究室を出た。
廊下を歩いていくと、何人かの学生とすれ違った。機械的に挨拶を交わす。
大学を出たところで気がついた。
あ、ボストンバッグ、、、。
明日の出張に必要だよな。
溜息をついて携帯電話を取り出した。電源を入れると、不在着信の通知が溜まっていた。
野分。
俺はメールを打った。
『昨日持っていったボストンバッグを使いたいから、今から取りに行く。』
少しすると返信がきた。
『ナースステーションに預けておきます。持っていってください。』
会いたくないか、、。
胸の奥がズキンと痛んだ。
でも、俺も今はそのほうが、、、。
そのまま病院へと足を向けた。
ナースステーションへと行くと、ボストンバッグを受け取った。
「すみません。」
「いつも大変ですね。お疲れ様です。」
顔なじみになった看護師に労われて、なんだか面映ゆい思いをしながら、もう一度礼を言って、エレベーターホールへと歩いた。
ボタンを押そうと手を伸ばした時、声が聞こえた。
「ヒロさん!!」
俺はそのままボタンを押した。
「ヒロさん。」
大丈夫だ。しっかりしろ。
「何か用?」
見ると、走ってきたのか少し息を切らしている野分がいた。
「あの、昨日のことなんですけど、あれは津森先輩が」
エレベーターがついた。
「悪い、、、その話は聞きたくない。」
エレベーターに乗り込んで1階のボタンを押す。
野分が閉まりかけたドアを手で押さえた。
「ヒロさん、俺、明日は帰れますから。話を聞いて下さい。お願いします。」
「悪いけど、俺は明日から出張だから。」
「、、宮城教授とですか?」
「そうだけど。」
野分は少し俯くと、手をドアから離した。
エレベーターのドアが閉まり、野分の顔は見えなくなった。
野分。
エレベーターは静かに下降し始めた。
一階で降りて、薄暗い廊下を歩いて行くと、売店のある明るい方から白衣の人が歩いて来た。
あの金髪の頭は、、またあいつかよ。
「あれ?上條さんじゃないですか。」
「、、、どうも。」
相変わらずの笑顔が、俺の中のアラームを鳴らす。
こういうやつは、信じられない。
「今日はどうしたんですか?また、野分に会いに来たんですか?」
本当に、なんなんだよ、こいつは。
それでも野分の指導医だから。
「いや、バッグが必要だったんで取りに来ただけです。」
そう言って持っているボストンバッグを軽く持ち上げた。
「、、、旅行ですか?」
津森さんは笑った顔で、俺の顔を見ながら聞く。
「出張です。」
お前に関係ねーだろうが。放っておけよ。
「そーですか。上條さん、野分のことなら、俺がしっかり面倒みますから、心配いりませんよ。お仕事、頑張って下さいね。」
そう言って肩に手を乗せられた。
そうか、、、そうだよな。
「じゃあ、野分のこと、よろしくお願いします。」
俺はそう言って頭を下げると、出口へと向かった。
心配いりません、か。
病院を出てから気がついて、足を止める。着替え、洗う分持ち帰ってやればよかったな。
いや、でも明日は帰れるって。
帰る。
あいつは、俺のところへ帰ってくるのかな。
話を聞いてくれって言ってたけど、もしかしたら、もう、、。
空のバッグがやけに重くなってきた。
どっちにしても、出張から帰ったら、会って話をしよう。
ちゃんと、、話をしよう。
バッグを肩にかけると、俺はまた歩き出した。
今日も、雲が多い、なんだかどんよりとした空だった。
月も見えやしない。
◇◇◇
新幹線に乗ったときから、教授はご機嫌だった。
まあ、そりゃあそうだろう。
「教授、、芭蕉巡りもいいですけど、発表の方が先ですよ。」
「わかってるって。」
全く。子どもじゃあるまいし。
でも、なんとなく、わかるかも。
新幹線に乗るのも久しぶりだ。
旅というほどではなくとも、なんとなく、気持ちが解けていく。
大学とマンションの往復ばっかりだから、気持ちもぐるぐるするのかもしれないな。
ほんの少しだけ、軽くなった肩をくるっと回して、本を読み始めた。
宿泊先は教授が手配してくれていた、のだが、、。
「教授、、、俺、前にも言いましたよね?」
「ん?なにが?」
宿泊先のホテルに着いて、チェックインしたら、部屋はまたツインだった。
「お願いですから、シングルにしてください。」
「なんで、別に俺はツインでいいぞ。」
俺は溜息をついた。
「教授がよくても、俺が落ち着かないんです。」
そう言うと、ホテルのフロントの方へと行って、部屋の変更を伝えた。
「行きますよ。」
新しく受け取った二人分の鍵を持って戻ると、教授の分を手渡した。
「はい、これが教授の部屋です。」
「なんだよ、上條と泊まりたかったな〜。」
「お願いですから、ワケのわからんことは言わないで下さい。」
そう言うとエレベーターに乗り込んだ。
「上條、奢るから、これから飯食いに行こう。」
「いいですよ。荷物置いたらすぐに行きますか?」
「そうだな。」
ホテルの人に勧められた店で教授と夕飯をとることになった。
「何にする?」
よく考えたら、誰かと一緒に食事をすることも久しぶりだった。いや、ちゃんとした食事自体、あまりとっていなかったような気がする。
「俺、あまり腹減ってないんで、軽いものでいいです。」
「、、、上條さあ、本当にもっと食えって。まあ、、俺が言うのもなんだけど。」
そう言いながらそれぞれ頼んだ。二人で食べながら、明日の発表のことを軽く打ち合わせた。
「ご馳走様でした。」
「んー、なあ上條、ちょっとコンビニ寄ってっていいか?」
「いいですけど、、何買うんですか?」
ホテルへと帰る途中のコンビニに寄ると教授は缶ビールをカゴに入れ始めた。
「部屋で少し飲もうかな〜と思ってさ。つきあえよ。」
今度はツマミを選び始めている。
「いいですけど。」
「お前も、飲みたいもの選べよ。」
俺は缶ビールをカゴに入れた。ついでに柿の種も入れた。
ホテルに戻って、教授の部屋で飲むことにした。
飲み始めて、気がつくとなんとなくお互いの恋人の話をしていた。
「え?あの若い子と、一緒に住み始めたんですか?」
俺が驚いて聞きかえすと、教授は恥ずかしそうな顔をした。
「、、学部長は、、」
「いやいやいや、一緒に住むことは報告してるけど、多分、親戚みたいに思ってるんだろう。ほら、一時期は義理の兄弟だった訳だし、、」
そうか。なんだか、それはそれで、いろいろと大変そうだな。
「上條はさあ、例の研修医と、なにかケンカでもしたのか?」
俺は飲んでたビールを噴き出しそうになって、慌てた。
「な、なんでですか?」
「いや、悩んでるみたいだから。」
教授はそう言って俺の顔を見た。
「いや。ほんとに、たいしたことないですから。」
俺はそう言うと手にしたビールを飲み干した。
「お前、ためこむからな。たまには相談しろよ。」
そう言う教授の声がいつもより優しく感じて、思わず下を向いた。
「ありがとうございます。」
「お、珍しく素直だなー。」
「珍しくって、なんですかっ」
顔を上げて言うと、教授は笑いながら俺の頭をくしゃっとかきまぜた。
「お前はそれぐらいでいいよ。元気出せ。」
「、、、はい。」
久しぶりにまともな飯を食べて、飲んだせいか、段々と眠気に襲われてきた。
「上條、上條、おい。上條、、」
俺の名前が呼ばれているような気がしながらも、瞼が重くて、重くてもう開けられなかった。
◇◇◇
アラームの音が聞こえる。
眠い。
うるさい。
寝返りを打つと、なにかがある。
温かい。
野分、、。
俺は目の前の体温に顔を押しつけた。
、、違う。
目をこじ開けた。
野分じゃ、ない。
ぼんやりとする目をこすった。
薄暗い灯りの中で、もう一度よく見た。
、、宮城教授?
俺は慌てて身体を起こした。
どこだ?
無機質なインテリアと、昨日飲んだ空き缶の並ぶテーブルが見えた。
そうだ。ホテルに泊まってたんだった。
横を見ると宮城教授はホテルの寝巻きを着て、寝ている。俺はといえば、下着姿で寝ていた。
昨日着ていた服は畳まれて、イスの上に置いてある。
いつの間に寝たんだろう。
そんなに飲んではいないはずだけれど、途中から記憶がない。
飲んでる途中で、寝てしまったのか?
とりあえず、自分の部屋に戻ってシャワーを浴びないと。
ベッドから降りると、ギシッとスプリングが軋んだ。
音を立てないように、畳まれている服を着た。
「上條?」
ベッドから声がする。
振り返ると教授がこっちを見ていた。
「あ、すみません。俺、自分の部屋に帰ります。」
「あー、、うん、、じゃあ、後でな」
「はい、すみませんでした。」
簡単に身支度をして廊下に出ると、大きく息をついた。
なにしてんだか、、、。
俺は隣の自分の部屋に入っていった。
◇◇◇
発表も無事に終わり、俺たちは帰りの新幹線の座席に座っていた。
「お疲れ様でした。」
「助かったよ。ありがとな。」
俺は読みかけの本を読もうとして、隣に座っている教授の顔を見た。
そういえば、まだ、聞いてない。
「教授。昨晩はすみませんでした。俺、酔いつぶれてましたか?」
「ん?酔ったっていうより、寝不足だったんじゃないのか?最近、ちゃんと寝てたか?」
ちゃんと睡眠をとっていると思っていたけれど、うつらうつらとした感じで、浅く眠っていたような気もする。
眠れていなかったんだろうか?
考え込んでいると、教授がニヤリと笑った。
「それで、俺に何かされてないか、聞かなくていいのか?上條。」
「はぁ?何かって、、何ですか?」
驚いて聞き返した俺を教授は面白そうに見ている。
「俺の口からは言えないなあ。」
待てよ、俺、なんかされたのか?
いや、何もされた感じはなかったんだが。
「教授、、悪い冗談はやめてくださいよ。」
教授は耳元に口を近づけて囁いた。
「あんなに、激しかったのに、忘れたのか?」
顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「え、、、。」
俺、またやったのか、、しかも、教授と?
恐る恐る教授を見ると、、必死に笑いを堪えていた。
「上條、、真っ赤だぞ、、お前、信じたのか?」
「、、、、教授、、嘘、、ですか。」
「嘘に決まってんだろ。」
この人は、本当に。
俺は本を顔のそばに持ってきて顔を隠しながら言った。
「なんなんですか!!もう二度と、資料作成も、発表も手伝いませんからね!」
「なんだよー、そんなに怒るなよ。ちょっとした冗談だ。」
「冗談って、、。」
「それとも、本当のほうが、よかったのか、上條?」
「、、、、。」
俺は本を読むことで、返事をしないことにした。
新幹線が到着して、駅のホームに降り立った。
「資料とか大学に持って帰るけど、タクシーに一緒に乗って行くか?」
俺は教授の言葉に甘えて大学まで行くことにした。正門前で降りて、預かっていた荷物を渡した。
「すみませんけど、俺はここで。」
「おう。お疲れー。また来週な。」
「はい。」
「あ、旅費とか申請しとけよ。お前、自分のホテルの部屋に寝てないから、もったいないけどな。」
「人聞きの悪いこと言わないで下さい、、。」
そう言ったとき、見覚えのある姿が目に入った。
「ヒロさん、、。」
「野分、お前、どうして、、。」
固まっている俺を尻目に
「じゃーな。」
教授はさっさと大学の構内に入っていってしまった。
「ヒロさん、あの、」
話しかける野分を無視して、俺は歩き始めた。
「ヒロさん!!」
腕を強く掴まれた。
「なんだよ。離せよ。」
「この前のこと、怒ってるんですよね?」
怒ってる?俺が?
「別に怒ってなんかいねーよ。」
「怒ってないんですか?」
俺はただ。
「お前が津森さんがいいんなら、別にそれでいいよ。もう、俺にかまうな。」
野分が。
「ヒロさん、俺のこと、嫌いになったんですか?」
そう言うと、野分が俺の腕を離した。
何言ってんだよ。
嫌いになったのは、俺じゃないだろ?
お前が俺から離れていこうとしているんだろ?
俺はまた歩き出した。
野分は少し後ろを黙って歩いてくる。
俺たちは並んでいるようで、少し離れて歩いていく。
いつもそうだ。
こんなに近くにいるのに。
手を伸ばせば、届くのに。
手を伸ばす?
俺は自分から、野分に手を伸ばしていただろうか。
野分が、差し伸べる手を当たり前だと思っていて、、、。
野分が俺以外のやつに、手を伸ばすことはないと思っていた。
マンションに着くまで、俺たちは一言も話さなかった。
ドアを開けて、玄関に入ると野分が後ろから俺の肩に腕をまわしてきた。
「ヒロさん」
久しぶりの野分の体温が背中から伝わってくる。
「ヒロさん、さっき宮城教授の言ってたことですけど、どういう意味ですか?」
「何か言ってたか?」
「ヒロさん、ホテルの部屋使わなかったって。」
「ああ、それは、、」
教授の部屋で寝てたから、なんて言えるかよ。
黙り込んだ俺の肩口に、野分が顔を埋めるようにしてきた。
「ヒロさん、やっぱり、俺のこと怒ってますか?」
さっきからなんなんだよ、その言い方は。
俺は野分の腕から力任せに身体を引き剥がした。
「うるせーんだよ!俺のことが嫌になったんだったら、はっきりそう言えよ!!」
「ヒロさん?」
俺は持っていたボストンバッグを投げつけた。
「あいつがいいなら、あいつのとこへ行けばいいだろ!」
みっともない。
こんな俺は見せたくない。
俺は自分の部屋へと向かった。
ドアを開けて身体を半分部屋に入れたところで、後ろから腕を掴まれた。
「ヒロさん!」
「離せ、、。」
「いやです。顔を見て話がしたいです。」
「俺は顔も見たくないし、話もしたくない。」
俺は野分から顔を背けて暗い自分の部屋の方をみつめた。
「ヒロさんっ」
力任せに野分に腕を引かれ、俺の身体は野分の方へ向いた。
俺の顔も野分の方へ向いた。
「だから、顔は見たくないって言っただろ。」
「ヒロさん、、、」
俺は、自分のこんな顔は野分に見せたくなかった。
慌てて俯きながら言った。
「津森がいいなら、はっきりそう言えよ。俺なら、、平気だから。」
俺の目から床に落ちた雫がポタポタと音を立てた。
「ごめんなさい。俺、ヒロさんのこと、こんなに泣かせるなんて、、」
野分は涙ごと俺の顔を抱きしめた。
「ごめんなさい。俺、ヒロさんと宮城教授のことを疑ったんです。それで、津森先輩に相談したら、、」
「相談したら、何だよ。」
「ヒロさんにも嫉妬させたらいいって、、。」
野分は下を向いて小さな声で言った。
「なんだよ、それ。俺を二人で騙したのかよ。」
俺は野分から身体を離した。
「ごめんなさい。」
「ふざけんなよ、てめえ。」
俺は野分の胸を拳で殴った。さらに殴りかかった手は途中で掴まれた。
「だけど、今日の出張だって、やっぱりヒロさん、教授となんかありましたよね?」
そう言う野分の目は怖いくらいに、光がない。真っ黒な瞳だ。
「お前が心配するようなことは、本当になにもないって。」
「本当ですか?」
「本当だ。」
「ヒロさん。」
そう言って野分は俺を掴んでいた手ごと引き寄せた。
「変なことして、、ごめんなさい。俺もヒロさんに会えないせいで、どうかしてました。」
「いいかげんにしろよ、お前。」
「すみません。」
「俺が、どんな思いしたと、、」
「本当に、、ごめんなさい。」
俺の目からはまたボロボロと涙が出てきた。
野分はぎゅうっと強く俺を抱きしめた。
◇◇◇
野分がいるだけで、同じ部屋とは思えないくらいに温かい。
スプリングが軋む音も、息遣いも、全てに色がつき、空気さえ甘くなる。
いつもよりゆっくりと身体中を触り、舌を這わせているのに耐えかねて、腕を伸ばして野分の髪の毛を手で軽く引っ張った。
「ヒロさん痛いです。」
「お前、、しつこい、、」
そう言うと野分は目だけを俺の方に向けた。
まただ。真っ黒い大きな瞳で俺を見る。
「心配だったから、、、でも、誰にも触られてないですね。」
一瞬、何のことか分からなかった。
「野分、てめえ!」
俺はそう言うと今度は指に力を入れて強く髪の毛を引っ張った。
「痛い、痛い、痛いです。」
「お前、、今、俺のこと、調べてただろ。」
俺に髪の毛を掴まれて、引き上げられるように顔を寄せてきた野分が、唇を重ねてきた。何度も角度を変えて重ねられ、舌を絡められて強く吸われると、頭の芯がぼうっとなってきて、野分の髪の毛を掴んでいた指の力も抜けて、ただ頭を掻き抱くだけになった。
飲み込めない唾液が唇の端から伝い落ちるほどに、何度も何度も互いの舌を絡めあわせていく。
野分だ。
唇を離して野分が俺の頬を撫でた。
「誰にも触られてないのはわかったけれど、、ヒロさん、痩せてます。」
俺は思わず目を逸らした。
「ご飯、あまり食べてなかった?」
そう言って俺の唇を指でなぞった。
「もしかして、食べてないの、俺のせいですか?」
「いや、、ただ、、食べるのが面倒だったんだよ。」
「食事、抜いてたんですか?」
強い口調に、思わずビクッとして口が滑った。
「食欲なかったから。」
野分がぎゅうっと俺を抱きしめた。
「本当に、、ごめんなさい。」
俺も野分の背中に手をまわした。
「ヒロさんにたくさんご飯をたべさせてあげたいけど、俺、今もう限界だから、、。」
そう言って俺の耳元で囁いた。
「先に、ヒロさんを食べさせて。」
バカだな、野分。
俺だって、同じだよ。
お前が、お前だけが欲しい。
他の誰もいらない。
野分が欲しいんだ。
俺は野分の耳朶を噛み、舌で耳殻をねぶった。
お前に食われるんなら本望だ。
いっそのこと、骨までしゃぶってくれたらいいのに。
その想いが聞こえたかのように、野分の舌が、指が、俺の身体を蕩けさせていく。会えなかった時間があけた隙間を埋めるように、野分の熱が俺の中に入ってくる。
冷えて固まった俺を、野分の熱が溶かしていく。
どろどろに溶かされて何も考えられない。熱にうかされたように、ひっきりなしに出る自分の声をどこか遠くで聞きながら、俺はただひたすらに野分の背中にしがみついていた。
◇◇◇
二人で向かい合って食事をとるのも久しぶりで、ちょっと恥ずかしかったけれど、野分の作ってくれた夕飯を見てそんな気分も吹き飛んだ。
美味そう。
「秋刀魚、初物だ、、。」
そう言って俺が箸を持つと野分は嬉しそうな顔をした。
「まだ、少し高かったけど、奮発しちゃいました。スダチもありますよ。」
「もう、秋なんだな。」
なんだかしみじみとそう言うと野分が笑った。
「なんだよ。」
「なんでもないです。デザートに、梨もありますからね。」
「、、、食べる。」
俺はここのところの食欲のなさが嘘のように食べた。
「ごちそうさま。美味かった。」
「よかった。ヒロさん顔色も少しよくなりましたよ。」
そう言って野分は俺の顔を見た。
「これは秋刀魚を食べたおかげかな?それとも、俺の、」
「秋刀魚のおかげに決まってる!」
俺は立ち上がると野分の頭を殴って、シンクに食器を下げに行った。
後ろから追いかけてきた野分が抱きついてきた。
「明日は何が食べたいですか?」
「別に、、なんでもいい。」
「何でもって、、。」
しょんぼりした野分の顔を横目で見ると食器を洗いながら言った。
「お前と食えば、なんでも美味い。」
「ヒロさんっ!!」
「だから、危ないって、、。」
こいつは本当に馬鹿だけど、、俺もまた馬鹿だ。
こんなことが、たまらなく嬉しくて。
こんな時間が、もっと続けばいいのにと願ってしまうのだから。
fin
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