frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
聖なる夜 4
聖なる夜 3 の続きです
「秋彦、、お前大丈夫か?」
秋彦のマンションの玄関を入った弘樹は思わずそう言った。
「急ぎの仕事のせいで、昨日から寝てないだけだ。」
そう言うと目の下に隈を作った秋彦はリビングに弘樹を入れた。
「読む原稿だけもらったら、帰ろうか?」
コートも脱がずに弘樹がそう言うと、秋彦は煙草を咥えながら当然のことのように返してきた。
「これくらいいつものことだ。あと少しで終わるから、適当に座っててくれ。」
弘樹は言われるままに、鞄を置いてコートを脱ぐと、ネクタイを緩めながらダイニングテーブルへと近づいた。
テーブルの上にはクリスマスイブに相応しいメニューが所狭しと並んでいる。
「どうしたんだこれ?」
「ああ、お前の分の夕飯も作ってくれた。」
野分も料理が上手いと思っていたけれど、ここに並んだ料理はもはや家庭料理の域を超えている気がして弘樹は舌を巻いた。
「お前んとこの同居人はすげえな。」
「弘樹と違って料理上手なんだよ。」
「なんだそれ。てめぇにだけは言われたくねぇぞ。俺はお前と違ってレトルトくらいは温められるからな。」
弘樹はソファーに腰を下ろしながらそう言った。
「弘樹、残念だな。俺は電子レンジで温めることができるようになった。」
なにやら勝ち誇ったような態度の秋彦に弘樹は、驚いた顔をした。
「それ本当か?」
「当たり前だ。俺を誰だと思っているんだ。」
顎に手を当てて弘樹が考えこんだ。
「最近の電子レンジはよっぽど性能がよくなったんだな。」
「失礼なことを言うな。俺の実力だ。」
自信満々にそう言う秋彦に、弘樹は反論することをやめてテーブルの上の原稿を手にした。
「わかったわかった。とにかく、仕事終わらせてこいよ。俺はその間に下読みしててやるから。」
秋彦は短くなった煙草を灰皿に押しつけて消した。
「いつも悪いな。読み終わったら、ワインクーラーの中のワイン、勝手に飲んでていいぞ。」
そう言うと秋彦は階段を上って二階の書斎へと入っていった。
脱いだコートを置いた弘樹はソファーに座りなおすと、原稿を読み始めた。
リビングは原稿用紙をめくる音だけになった。
パサリ
原稿をテーブルに置くと顔を上げる。
時間も、ここがどこなのかも忘れるほど一気に読み終えた弘樹は、ほうっと息を吐くと目を閉じた。
胸の奥にじんわりと広がってくる感情を味わう。
秋彦の書く話はやっぱり面白い。
気になったところを、読み直しながら、弘樹は初めて読んだ秋彦の物語を思い出していた。
子どもの頃に読ませてもらってからずっと、弘樹にとって、秋彦の書く物語は秋彦と自分とを繋いできてくれた。
それは、自分だけが読むことを許された物語。
「弘樹だから見せるんだ」
特別なものだった。
いつだって、秋彦の物語に一番最初に目を通すのは、自分でいたいという願いが、自然と弘樹を文学の道へ進ませたような気さえする。
読み直した原稿をテーブルの上に戻した。
最近、秋彦の書く作品が変わってきた。
弘樹はダイニングテーブルの上に並んだ料理を見て、目を細める。
秋彦は今、幸せなんだろう。
その結果が、作品に表れているのだったら、それは悪いことではない。
秋彦の冷たさも俺は好きだったけれど、その冷たさを溶かすくらいのやつが現れたのなら、、。
そう考えて、なんとなく自分も幸せな気分になった弘樹は自分の鞄の中からラッピングされた物を出して原稿の横に並べた。
そうだ、今日こそはその同居人の話を秋彦の口から聞き出さないと。
覚えてねぇけど、いつも俺ばかり惚気ているっていうのは腹が立つ。
そんな決心を弘樹がしていると、ちょうど二階から秋彦が降りてくる足音が聞こえてきた。
「終わったのか?」
弘樹の問いかけに煙草を咥えたまま頷くと秋彦はソファーに深く座りこんだ。
「明日の朝一番に取りに来るって言うんだ。全くクリスマスだって言うのに相川のやつときたら。」
「それが、その人の仕事なんだろ。」
呆れたように弘樹が言うと、秋彦は深くため息をついて頭を振った。
「まあ、いい。待たせて悪かったな弘樹。」
「いや、今、読み終わったところだ。」
「そうか、どうだった?」
「面白かったよ。少し気になったところが何ヶ所かあった。そこには、チェック入れておいたから。」
テーブルの上の原稿の束に目をやった秋彦がその横に置いてある赤と緑のラッピングに包まれた四角い物に気がついた。
「これは?」
「ああ、俺からお前にクリスマスプレゼントだ。」
「弘樹が、俺に?今夜は雪がふるな。」
「うるせぇ。いいから、黙ってもらっておけ。」
笑いながら包みを開けた秋彦の目が輝いた。
「この本、、欲しかったんだよ。よく分かったな。」
「なんとなくそんな気がした。」
嬉しそうな顔をした秋彦も、似たような包みを弘樹に渡した。
「これは俺からだ。」
ラッピングを解いて中身を見た弘樹が思わず叫んだ。
「うおっ、この本、よくあったなー。散々探してたのに。ありがとうな。」
秋彦がクスクスと笑いだした。
「なんだよ?」
「いや、お前がプレゼントを貰って喜んでいる姿を見てたら、松の木のツリーを思い出した。」
「、、変なこと思い出すなって。」
「あれは、なかなか凄かったからな。忘れられない。」
真っ赤になった弘樹に秋彦がからかうように言うとものすごい勢いでソファーのクッションが飛んできた。
「乱暴だな。」
「お前が悪いんだろーが。ガキの頃の話はすんなって。」
慣れた様子でクッションを元に戻しながら秋彦は静かに言った。
「俺にとっては、いい思い出だ。」
「うそつけ。」
「本当のことを言ってるんだがな。お前はどうしてそうひねくれてるんだ。」
「うるせえ。そんな昔話より、さっさと酒でも出しやがれってんだ。」
「はいはい。」
赤くなって怒っていた弘樹も食事を始めると機嫌が治り、いつの間にか秋彦と最近みつけた稀少本の話で盛り上がっていた。
話が弾むと、酒も進む。
夜も更けてきた頃にはワインの空き瓶が並び、飲んだ赤ワインのような色に頬を染めた弘樹は、ジャケットを脱いでネクタイを緩めた姿でソファーに寛いでいた。
ずいぶん静かな夜だ、と秋彦が不思議に思ったとき、電話が鳴った。
日付が変わりそうな時間を指している時計を見て秋彦が一瞬眉をひそめながら立ち上がると、受話器を持ち上げた。
「はい、宇佐見です。」
「あ、ウサギさん?」
「美咲か、どうした?」
思いがけない人からの電話に秋彦の表情が柔らかく変わる。
弘樹は、秋彦が呼びかけた名前を耳にして、病院で見た子の顔を思い浮かべながら、グラスのワインに口をつけた。
「ウサギさん、あのさ、雪が降っちゃったからさ、」
「雪?今、雪が降ってるのか?」
「なんだ、ウサギさんも気づいてなかったのかよ。外見てみなよ。すごい雪だよ。あ、それで、、今日は兄ちゃんの家に泊めてもらうことになったから、、、。」
「そうだな、そのほうがいい。」
家族で過ごしているのだから、今日は泊まるんだろうと最初から思っていた秋彦は、申し訳なさそうに美咲が電話をかけてきたことに、驚いていた。
「、、、ゴメン。」
電話の向こうから聞こえる声は、たった一言に、溢れるほどの想いをのせてきた。秋彦の声も柔らかくなる。
「別に謝らなくてもいい。だいたい本当のクリスマスは25日なんだからな。」
「でも、今日だって、、本当は。」
秋彦はリビングにいる弘樹を見ながら煙草を咥えた。
「ああ、今日は一人じゃないし、気にするな。」
「えっ?!」
慌てる美咲の声を聞きながら、秋彦は煙草に火をつける。
「じゃあ、孝浩によろしくな。」
そう言うと秋彦は電話を切った。
窓へと近づきカーテンを開けると、外は音もなくしんしんと雪が降っていた。
「弘樹、見てみろ。雪が降ってるぞ。」
そう言って秋彦が振り返ると、いつの間にか弘樹はソファーに座ったまま、鈴木さんを抱きかかえて眠りこけていた。
子どもの頃と変わらない寝顔を見て、秋彦がクスリと笑った。
「全く、飲み過ぎだぞ。」
そう言いながら秋彦はソファーに近づいて寝ている弘樹の髪の毛に手を入れてクシャッとかき回すと、弘樹の顔がふわっと笑顔になった。
あいかわらず、酔ってるか、寝ているときだけだな、この顔も。
秋彦はもう一度弘樹の髪の毛を触った。
その時、弘樹の鞄の中から携帯電話の鳴る音が聞こえてきた。
少しためらってから、取り出すと、画面には見覚えのある名前が光っている。
『草間野分』
秋彦は携帯電話の画面を見たまま、ジッと考えこんでいた。
外は雪が降り続いている。
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