frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
誓いの言葉
何年つきあっても、不安になるものです。
2014.8.10 pixiv投稿
やっと見えた自宅マンションのエントランスに体を引きずるように入れた。
自分の部屋のポストを開けて中身を手にしてからエレベーターホールに向かう。
上昇するエレベーターの重力さえも鬱陶しいほどに、自分が疲弊していることに、思わず苦笑いをした。
さすがに 疲れた
玄関の鍵を開ける。
「ただいまです」
リビングに明かりがついているのがわかった途端、靴を脱ぐのも、もどかしくなった。
ヒロさんがいる
リビングのドアを開けると、ソファに座って本を読んでいるヒロさんが見えた。
ヒロさん
「おかえり。」
振り向いたヒロさんをソファの後ろから抱きしめた。
「ただいまです。」
ああ、やっと会えた。
ヒロさんの首すじに自分の頭を押しつけた。
ヒロさんの匂いが、俺より低い体温が、柔らかい髪の毛が、俺の腕の中にある。
ヒロさん
「野分、風呂入ってこい。」
俺に抱きしめられたままのヒロさんに言われて、自分が3日風呂に入ってないことを思い出した。
「あ、すみません。俺、汗臭かったですね。」
そう言って離れると、ヒロさんは俺の方を見ないで座ったまま
「そんなことはねーけど、疲れてんだろ。風呂入って、さっぱりしてきたほうがいいぞ。」
なんて言うから、もう一度抱きしめた。
「お、おいっ、だから風呂に、、」
「わかりました。入ってきます。待ってて下さいね。」
俺はテーブルの上に郵便物を置くと、浴室に向かって行った。
頭から足の先まで思いっきり洗ってさっぱりした気分になった。
頭をがしがしとタオルで拭きながら、リビングに戻ると、ヒロさんはさっきの郵便物の中の白い封筒を手にしていた。
少し厚みのある素材に金色の切手のついた封筒。
あれは多分、結婚披露宴の招待状だ。
俺には血縁者がいないから、冠婚葬祭に縁が薄い。特に仲の良い友人もいないから、あまり馴染みのないその封筒は、きっと、ヒロさん宛だなとポストで見つけたときから思っていた。
「ヒロさん?」
声をかけるとヒロさんは見ていた招待状を封筒の中に戻した。
「どうしたんですか?」
頭を拭いていたタオルを外してそのまま首にかけると、空いた両手をヒロさんの腰にまわして後ろから抱き寄せた。
「ああ、教え子から結婚式の招待状がきたから、驚いただけだ。」
「教え子?」
助教授とはいえ、ヒロさんはまだ30代前半だから、教え子の結婚式に招待されることは、これが、多分初めてだ。
「結婚式に、大学の先生を呼ぶって珍しくないですか?」
「そう、だな。あまりないかもな。」
「そうですよね。」
「ただ、この二人は新郎も新婦も宮城教授のゼミの生徒で、知り合ったのもゼミだからな。」
「じゃあ、、宮城教授も、呼ばれてますか?」
「俺に来たなら、当然来てるだろうな、招待状」
俺はヒロさんの腰にまわした手にグッと力をこめた。ぴったりとヒロさんの背中に自分の上半身をくっつける。
「ヒロさん、、」
耳元で囁く。桃色になってくる耳朶が愛おしくて、思わず甘噛みした。
「野分、お前、疲れてるんだから、早く休めよ。」
そう言うヒロさんの手にある封筒が、やけに眩しく見えた。
結婚披露宴、、。
俺と出会わなければ、ヒロさんも、誰かと、、。
何度もヒロさんには叱られているのに、やっぱり、その思いは消えることはなく、俺の中でドロドロと流れる。
そうっと身体を離した。
「わかりました。おやすみなさい。」
振り向いたヒロさんの唇にそっとキスをすると、俺は自分の寝室に向かった。
「野分、、」
微かな声が聞こえた。
慌てて振り返ったら、真っ赤になったヒロさんが俺の方を見ている。
「ヒロさん?」
近づこうとした俺を、手を伸ばして制止した。
「いや!なんでもない。お、おやすみ。」
そう言うと、明かりを消して、自分の寝室に入っていってしまった。
俺は廊下で一人、立ちつくした。
今のは、絶対に、来て欲しかったんだ。いつもの俺なら、あんな顔のヒロさんを放ってはおかない。なのに、なんで、、、行かなかったんだろう。
静まり返ったリビングの明かりはとっくに消えているのに、テーブルの上に置かれた白い封筒だけが、ぼんやりと光っている。
吉祥の模様が入っているその白い封筒が、俺たちの間に何かを持ち込んだような気がして、俺はじっと見つめた。
◇◇◇
「おはようございます。」
研究室に入り、自分の机の上に鞄を置いてPCと書類を出した。
今日は朝の講義がないから、自分の仕事ができる
そう思った矢先、後ろから抱きつかれた。
「おーはーよー!」
そう言うと、俺の肩口にぐりぐりと顔を擦りつけてくるのは一人しかいない。
「宮城教授、、本当にやめて下さいと、何度言ったらわかるんですか!」
俺に抱きつく教授の頭を手で押し返そうとするが、なおも強く抱きついてきて、今度は、腰に手をまわしてくる。脇腹を手のひらでさすってきたので、抱きしめられている肘に力を入れて隙間を作ると身体を離した。
「なんだよー。冷たいなあ。」
「何をやってんですか!まったく、、。」
自分の席にやっと着いた宮城教授を見て、溜息をつくと頭をふる。書きかけの論文を出そうと机の上に置いた鞄の中を覗きこんだ。
茶色の鞄の中に、銀色に光る模様の入った白い封筒が入っていた。
ああ、そうだ
「教授、結婚披露宴の招待状届きましたか?」
「うん?ああ、あの二人な。きてるぞ。上條にもか?」
「はい。教授は出席されますか?」
「うん。本当は、俺に仲人も頼みたかったらしいんだが、ほら、俺、女房いないだろ。」
「ああ、、そう、ですね。」
「頼めなかったから、必ず出席だけはして欲しいって言われてなあ。まあ、その日空いてるし、出るよ。」
「わかりました。」
「上條はどうするんだ?お前も出てやれば喜ぶぞ。」
「そうですか、じゃあ、俺も出席に、、」
だんだん俯き加減になっていく顔と比例するかのように、気持ちも下降していくのがわかる。
「ん?どうした?嫌か?」
教授に心配そうな声音で聞かれて、慌てて顔を上げた。
「いえ、嫌なわけないじゃないですか。教え子ってのが初めてで、そ、それだけですよ。」
「ふーん。」
まだ、何か言いたそうにこっちを見ている教授の視線から逃れるようにPCの画面を睨みつけた。
キーボードを叩き、画面を目で追いながらも、心はまた、あの白い封筒へと戻る。
昨日、野分の様子がおかしくなったのは、あの封筒を見てからだ。
俺はもともと友達が多いほうじゃない。親戚筋の招待状は実家に届くから、今まで俺宛ての結婚式の招待状がウチのマンションに届くことはなかった。
野分は、、
あいつは血縁者がいない。
普段は二人とも気にしたことがないけれど、結婚式に、野分は呼ばれたことがあるのだろうか。
血縁者がいないということは、煩わしいことがない反面、人との繋がりは限りなく薄くなる。
自分が選んだ関係が、全てになる。
野分が俺に会ったときは、まだ17歳で、その歳で俺を選んだことが、野分の一生を決めているとしたら。
野分はあいつは俺を選んだせいで、この先、自分の家族が増えることは、決してない。
病院で見た、子どもたちに囲まれている野分の姿が浮かぶ。
あれが、野分の本当の幸せなんじゃないのか。
野分は自分の家族を持ちたいんじゃないのか。
俺は野分といて、よかったのか
野分は 今 本当に幸せなのか
目の前のPCの画面がぼやけた。
「、、上條、、上條。」
名前を呼ばれて、我に返った。
「はい。」
「お前、大丈夫か?」
「何がですか?」
「いや、なんか、、、。ほら、また眉間に皺、入ってんぞ。スマイル、スマイル〜」
俺の額を指でぐりぐりと押しだした教授の手をばしっと払いのけた。
「教授、何度も言いますが、触らないで下さい。」
そう言って俺はまた、キーボードを叩き始めた。
◇◇◇
あちらこちらから楽しそうな笑い声や話し声が聞こえてくる。
新郎も新婦もまだ若いせいか、参列者も若い子が多く、色鮮やかなドレスやスーツが目に入ってくる。
俺のいる席は大学時代の関係者でかためたらしく、左隣には宮城教授の席があり、右隣には新郎と大学時代に同じゼミだった男性が座っていた。
拍手とともに挨拶を終えた宮城教授が席に戻ってきた。
「お疲れ様でした。いいスピーチでしたね。」
「そうかあ?学校の講義の方が楽だ。緊張したー。」
そう言う教授のグラスにビールを注ぐと、教授は一気に飲み干した。
「ぷはぁ、生き返る〜。喉もカラカラだったんだ。」
あんなに笑いも取りつつ、二人の馴れ初めを上手く話したのに、こんな風に言う、全くこういうところは、この人にはかなわない。
「上條も飲めよー。」
二人でグラスに注ぎ合った。
グラスを口元に持っていきながら、高砂に座る新郎新婦を眺めた。
時折顔を見合わせて微笑み合う二人の姿は、本当に幸せそうだ。
おめでとう
教え子の晴れの姿に胸の奥がぎゅっとなった。
学生だった子たちが、気づいたら随分と立派になっていることに、驚く。
みんな大人になっていくんだな
そんなことを考えていたら、フワッと甘い香りとともに三人組の女の子に囲まれていた。
「上條先生ー、お久しぶりでーす。」
甲高い声を出して俺の肩に手を置いてきた。
「ん?おお、お前たちもいたのか?」
同じゼミだった女の子たちは、また別の新婦側のテーブルにかたまって座っていたらしく、気づいていなかった。
「ひど〜い。あいかわらず上條先生は冷たいよね〜。」
「ねえ〜。」
女の子に合わせて、宮城教授まで、俺をからかい始めた。
「でも、変わらないですねえ、先生は。」
「はぁっ?バカにしてんのか?」
「違う違う。若いって言ってんですよ。」
「若いってなぁ、お前たち、」
「顔もあいかわらずですけど、また痩せました?より細くなったんじゃないんですか?」
実はサイズダウンしていて、この披露宴前に新しいフォーマルスーツを作っていた俺はドキッとした。
「いや、別に」
「それに、新婦側の女の子達が先生のこと噂してたよ。カッコイイって。」
「新婦の友人って、、俺を何歳だと思ってんだ?ふざけてんだろ?」
「大丈夫大丈夫、そんな歳に見えないから、先生」
「若い子捕まえたらいいのに。」
そう言ってケラケラと笑われてしまい、憮然としてビールを呷った。
教え子たちが、こうして結婚するような年齢になっていく。
俺の最初の教え子だった野分だって、もう結婚を考えてもおかしくない年齢になっているってことだ。
このキラキラした披露宴の空気は、俺なんかには、眩しすぎる。
一段と大きな拍手が聞こえたと思ったら、お色直しをした2人が後ろの扉から現れていた。
「綺麗〜」
女の子たちの歓声が上がる。
拍手を送りながら、タキシードを着た笑顔の新郎を見る。あそこにいるのが野分で、隣には誰か可愛らしい子がいたら。
その想像は笑えるほどに、お似合いだった。
披露宴が終わり、会場を出て、ぞろぞろとホテルのロビーに歩いて行った。
「二次会行く人は、こっちねー、」
幹事と思われる男女が声をかけている。ふと見ると、宮城教授は教え子たちに捕まって、二次会にも誘われているみたいだった。
俺はなんだか変な飲み方をしたみたいで、中途半端な酔いが回っていた。
引き出物の袋を持ち、地下鉄に乗ろうか、タクシーにしようかロビーの端で悩んでいると、肩をたたく人がいる。振り返ると知らない男がいた。
「これ、落としましたよ。」
見ると披露宴の最後に配られたバラのついた小さなお菓子を持っている。
「ああ、すみません。」
引き出物の袋に入れて、頭を下げた。よく見ると、男もフォーマルを着ている。
「さっき、新郎側の席にいましたよね?僕もすぐ後ろにいたんですよ。」
同じ披露宴にいたという気安さで話しかけられたが、俺はいつもこういうのは苦手だ。
「あ、そうなんですか、、」
「もう、帰られるんですか?よかったら、飲みにでも行きませんか?」
「いや、俺はもう、帰るんで。すみません。」
「そうなんですか。少しだけ、ね?ダメですか?」
「本当に、帰るんで。」
断ってもしつこくくるのに困っていると
「上條!」
宮城教授の声がした。ぱっと見ると、こっちに向かって走ってくる。
「悪い悪い、待たせたなー。」
そう言うと俺の腕を掴んだ。
「すみませんねーお兄さん。こいつは俺が送らないとならないんで。」
そう男に言い放つとタクシー乗り場に歩いて行った。
◇◇◇
宮城教授と二人でタクシーに乗りこんだ。
「、、すみません。二次会よかったんですか?」
「つーかさ、あんな状況で、放っておけないだろ。上條さあ、いつもあんな風なのか?」
「いや、そんなことはないですよ。なんか、さっきの男はたまたましつこかっただけで、多分、酔ってたんじゃないですかね。」
「あれじゃあ、お前の彼氏も大変だな。」
なんで、酔っ払いに絡まれたのと、野分が関係あるんだろう。だいたい普段あんな目には合わない。
野分と一緒にいるから
野分に会いたい
ふと思った衝動に自分で驚いた
酔ってるな俺も。
車のシートに体重を預ける。酔ってる、だけじゃない、弱っている。
俺は弱くなってきている
タクシーが俺のマンションの前に止まった。
「ありがとうございました。」
そう言ってタクシーから降りると、教授も一緒に降りてきた。
「教授?」
「上條、お前この前から変だぞ。何かあったんじゃないのか?」
「いえ、本当に、、」
ダメだ。今日は色々なことがありすぎた。
「俺でよければ、話してみろよ。」
穏やかな声が、今は、ひどく辛い。
顔を上げることができない。
「上條、、?」
「教授、、俺は、あいつといても、いいんですかね?」
俺は笑いながら言った、つもりだった。
でも、そう言ったとき、俺の顔は笑ってはいなくて、眼からは、大粒の涙が零れていた。
◇◇◇
病院を出てマンションまでの道のりを自転車で向かう。
もう帰っているかな。
ヒロさん、披露宴どうだったのかな
招待状が届いた日に、ヒロさんと気まずくなったまま、なんとなく、顔を合わせても会話が少なかった。
俺が、気にしすぎてるんだろうか。
ヒロさんは、立派な家があって、ご両親もいて、大学の助教授で、俺なんかとは、釣り合わない。
本当はわかっている。
それでも初めてヒロさんを見たときに、俺は、どうしても、どうしてもこの人が欲しくなった。
どうしてそう思ったのかは自分でもわからない。
それは、まるで、自分が失っていた半身と出会ったかのような切実な欲望だった。
この人を俺のモノにしたい
俺はそのためだけに生きてきた
ヒロさん
名前を呼ぶだけで、俺は幸せになれる。
でも、ヒロさんは俺といて本当に幸せなんだろうか。
俺に想われて下さい
俺がヒロさんにそう言ったあの日から、ヒロさんは俺に想われてくれている。そして、きっと、ヒロさんも、俺を想ってくれている。
だけど、それは、俺の我儘だとしたら。
周囲に、家族に、祝福される人生を送ることができたはずなのに、俺のせいで、家族とも疎遠になるようなことになったら、、、。
ヒロさんは今、本当に幸せなんだろうか。
自転車が最後のカーブにさしかかり、目の前にマンションが見えてきた。夜でもマンション前には街灯もあるし、エントランスはよく見える。
?!
誰かいる。
いや、あれはヒロさんだ。
ヒロさんがマンションの前で男の人と抱き合っていた。
ヒロさん
◇◇◇
気がつくと宮城教授に抱きしめられていた。
いつもと違って、優しく包み込むような教授の腕に、俺は黙って抱きしめられていた。
涙は止まることがなく、流れ続けている。
「上條、たまには、俺にも甘えろ。」
そう言って頭を撫でてきた。
「すみません。俺、」
そう言ったとき、
ガタン
何かが倒れる音が聞こえた。
誰かに見られる。
俺は慌てて教授から身体を離した。
音のした方に振り向いた教授が固まっている。
「教授?」
そこにいたのは、野分だった。
野分はものすごい勢いで、真っ直ぐに宮城教授のところへ駆け寄って来た。
ダメだ。
俺が止めに入ろうとしたとき、殴りかかったはずの野分の身体が後ろに飛んだ。
「野分っ!!」
俺は慌てて駆け寄った。
「野分、大丈夫か。」
俺の後ろから宮城教授が野分に声をかけた。
「おい、上條のことがそんなに大事なら、なーんで泣かせてんだよ。草間君」
もう一度立ち上がり、宮城教授に向かおうとする野分に俺は抱きついてとめた。
「やめろって野分、頼むから。」
急におとなしくなった野分に向かって教授が言った。
「上條な、お前のせいで、泣いてるんだぞ。わかってるのか?」
「ヒロさん、本当ですか?」
俺は黙って俯いていた。
「とにかく、後は二人で話せ。俺は帰るから。じゃあな上條。」
「教授、あの、今日は本当に、、」
「はいはい。またな、」
振り向くと、野分が黙って立っていた。
「野分、、」
野分は俺の腕を引くと自分の胸に抱き寄せ、そのまま強く抱き締めてきた。
「野分、苦しいって、それに、ここ、外だし、、」
「ヒロさん、俺は、」
「野分、とにかく、ここじゃ話もできないから、俺も、ちゃんと話すから。」
やっと俺から離れた野分は、自転車を停めるとエントランスに戻ってきた。そのまま二人でエレベーターに乗りこむ。
エレベーターのドアが閉まった途端、野分が後ろから抱きしめてきた。
俺は黙って野分の体温を感じていた。
◇◇◇
部屋に入り、明かりをつけると、ヒロさんは俺の殴られた頬を見て、心配そうに言った。
「それ、冷やしたほうがいいぞ」
そう言ってキッチンに行こうとした腕を掴んだ。
「ヒロさん」
俺はヒロさんを抱き締めた。
そして、
「もう、俺のこと、好きじゃなくなったんですか?」
と、聞いた。
もし、ヒロさんが俺のことを好きじゃない、そう言ったら俺は一体どうなるんだろう。
ヒロさんは
「野分、お前は俺でいいのか?」
そう言った。
「ヒロさんでいいんじゃないです。ヒロさんが、いいんです。知ってますよね。俺にとっての1番は、ヒロさんですよ。」
「でも、」
「でも、なんですか?」
「俺は、子どもも家族も野分に与えることはできないから。」
そう言ったヒロさんの眼からは、涙が溢れていた。
ああ、そうか。そうなんだ。
俺たちはお互いに、同じことを考えていたんだと、やっと気がついた。
「ヒロさん、ヒロさんは俺といたら、家族は増えませんよ。それでもいいんですか?」
「何言ってんだ。そんなの、、俺は」
「俺もですよ。」
泣いているヒロさんの顔を見つめた。
「俺はヒロさんさえいてくれたら、他には何もいりません。」
「子ども、もか?」
「はい。ヒロさんだけで、いいんです。」
俺の背中にヒロさんの手がまわされて、ぎゅっとしがみついてきた。
「俺は、ヒロさんさえいたら、本当に、何もいりません。」
「ごめん。野分、、。」
「謝るのは、俺のほうです。ヒロさんを独り占めしてるんですから。」
「アホ、俺なんて、お前以外誰も欲しがらねえよ。」
耳まで真っ赤になってそんなことを言うヒロさんを見て、さっきの光景が思い出された。
「ヒロさん、なんで宮城教授と一緒だったんですか、、。」
「あれは、披露宴の後、俺がしつこく飲みに誘われてんのを助けてくれて、それで、一緒にタクシーに乗ったから。」
「、、誰に誘われたんですか?」
「知らない男だったけど、披露宴にいたらしくて、」
「ヒロさん。」
俺は思わず、抱きしめる腕に力を入れた。
本当に、この人はなんでわからないんだろう。
「いつも言ってるでしょう。ヒロさんは可愛いんです。もっと、気をつけて下さい。」
「可愛くねーって。」
涙は止まったようだけど、赤くなった眦で俺のことを睨みつけてくる。
今日はフォーマルな黒いスーツを着ていて細身なヒロさんによく似合う。
こんな姿で大勢の人の中にいたのかと思うだけで、どうにかなりそうだ。
「ヒロさん、俺はヒロさんだけのものですよ。」
そう耳元で囁いた。
「、、、俺も、、心配しなくても、、お前だけだよ、、、。」
小さな声でそう言ってくれたヒロさんの言葉に、俺の理性は飛んだ。
「野分っ、、」
暗い部屋の中で、ヒロさんの白い身体は仄かに光る。
俺たちの関係は、新しいものを生みだすことはないのかもしれない。
「ヒロさん、、」
俺を見つめる茶色の瞳
俺はこの人を手放すことなんて、できない。
こんなにも好きなのに、どうしていつもいつも、不安になるんだろう。
好きだから?
ヒロさんの瞳が揺れて、吐息とともに俺の首に腕を回してくる。
不安で、不安で、胸が痛くなる。
だから、俺は、いつも。
深く深く繋がって、一つになりたい。
溶けてしまうくらいに、混じり合い、一つになってしまいたい。
失った半身を求めるのは、ヒロさんも同じだと、信じているから。
きっと
俺たちは二人で一つなのだから。
病める時も、健やかなる時も
死が二人を分かつまで。
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