frown
当ブログ、「frown 」は二次創作テキストブログです。 純情エゴイストが好きすぎて、その想いをひたすら吐き出しております。 女性向け、同人・BL要素が含まれておりますので、閲覧の際には何卒ご注意ください。 原作者、版権元、など公式のものとは一切関係ありません。 ブログ内の文章の無断転載・引用はお断りします。
雨音 ~夏の終わり 1~
古書店巡りが趣味の上條助教授ですが、こんなことも、起きるのでは?と妄想。古書店の人は、二人とも、私の捏造した人物です。
2014.8.25 pixiv投稿
今年は雨が多い。
ウンザリしながら空を見上げた。
天気予報のお姉さんの
「傘を持っていくとよいでしょう。」
を聞くたびに、ため息が出る。
傘を持ち歩くのが苦手なのだ。
結局、朝降ってなければ、持たずに出る。そして、帰りに雨に降られては、びしょ濡れになり、野分に叱られている。
だからといって、習慣はなかなか変えられず、今日もまた、出先で途方にくれていた。
馴染みの古書店に来ていた。
時間があれば本を探すのは楽しみでもあり、大学で国文学部の助教授という仕事をする上で、必要なことでもあった。
店に入ると、いつもと同じ少し埃っぽ
いような、インクと紙の匂いがする。
落ち着く。
古い本に囲まれた狭い店内にいるだけで、気分が高揚していく。それは、まるでまだ見ぬ新しい出会いへの胸の高鳴り。
一通り見たあとに、ふと、違和感を感じた。
何かが、いつもと違う。
なんだろう、、、?
周りを見ても、特に変わった感じはしない。
気のせいか。
前から探していた本を一冊見つけたので、店の奥、店主が座っているところへ行った。
いない。
いつもは白髪で、痩せ型の70代くらいの男性、おじいちゃんみたいな人がいる、のだが今日は違った。
座っているのは、若い男の人だった。
それも自分よりも、若い。ひょっとしたら学生にさえ見える。
周りを見たが、他の人はいないようだった。
「すみません。これを。」
本を差し出し、支払いをする。
本を受け取るときに、目が合った。奥二重の中からこっちを見る黒い瞳。
似てる。
鞄に本をしまうと、出口へと向かい、引き戸を開けた。
外は雨が降っていた。
[newpage]
またやった、、。
そうだ。天気予報は午後から雨だった。近くにコンビニもない。
傘持ってくるんだった。
後悔しながら軒先で、雨宿りをしていた。
後ろの引き戸が開く音がした。
振り返ると先ほどの男の人がいる。
「よければ、雨が止むまで中にいて下さい。」
「あ、いや、」
「多分、通り雨です。本が濡れると可哀想だし、中に入って下さい。」
確かに、本が濡れるのは嫌だ。
「じゃあ、、、すみません。」
もう一度店内に入ると、店の奥へと案内された。
そこはいつも店主が座っている椅子の後ろにある4畳半程度の板張りの間。
座布団まで出されて、恐縮していると
「いつもたくさん買って下さるんで。」
と言われた。
初めて会うのに、なんでそんなことを言うのか不思議に思っていたのが、顔に出ていたらしい。
「あの、上條さん、ですよね?」
と聞かれた。
「そうですけど、、。」
「やっぱり。思った通りの人だった。」
そう言ってふわりと微笑んだ。
「なんで俺の名前知ってるんですか?」
奥から出してきた冷たい麦茶の、少し水滴のついたガラスのコップを口に運びながら聞いた。
「祖父がよく話してましたから。」
「話って、そんな、、。」
「若いのに、古い本のこともよく知っている、とか、本が好きな人だ、とか、まあ、いろいろとです。」
なんだか、恥ずかしい。俺、なんか変なことしてない、よな。
そうだ、祖父ってことは。
「今日は、どうして君が店に?」
「今、祖父は入院してるんです。夏休みだし、俺は時間があるから、代わりに。」
やっぱり学生か。
「夏休みってことは、大学生?」
「いえ、高校生です。」
俺は驚いて、もう一度見た。
背は俺より少し高い。少し長めの癖のない黒い髪に、黒縁の眼鏡をかけている。細身の身体に水色の綿のシャツを着て、細いデニムを履いていた。服装も、地味な感じだが、なによりも、古書店の雰囲気にしっくりと馴染んだ落ち着きを持っているのに、まだ、高校生とは。
ここの店主に、似てはいない、しかし、ここの店には合っている。
「そうか、入院したんですか、、。」
俺は、そう言うといつも店主が座っている椅子の方を見た。
古い木製のロッキングチェアには手作りの座布団だけが乗っている。
今は主を待ってるように、微かに揺れていた。
「たいしたことはないみたいです。でも、店を気にしてて。それで俺がいるんですよ。」
「助かります。最近は古書店も減る一方なんで。」
そう言って店を見渡した。
本当に、こういう本当の古書店は減っている。ここの店主が高齢なのも、気にはなっているところだった。
「君は、いずれはこの店を継ぐつもりなのか?」
そう聞くと、柔らかく笑った。
「好きですよ。この店が。でも、、」
そうだろうな。古書店の商売は難しいと聞く。
思わずため息が出た。
外の雨の音が聞こえなくなった。
飲み終わった麦茶のコップを返しながら、聞いた。
「おじいさんは、どちらに入院しているんですか?」
「どうして、ですか?」
「いや、いつもお世話になっているんで、お見舞いに行けたらと思ったんですけど。ご迷惑でしょうか?」
「いえ、上條さんがいらっしゃったら、きっと、喜びます。ありがとうございます。」
そう言う彼の目が、俺をジッと見つめてきた。
真っ黒な大きな瞳。
『ヒロさん、雨の日は気をつけて下さいね。』
ふと、野分の言葉が頭に浮かんだ。
「ご馳走様でした。」
お礼を言って立ち上がった。
「いいえ。俺の方こそ、上條さんと話ができて、楽しかったです。ありがとうございます。」
直球な物言いに、不意打ちされて、言葉が出ない。
「あ、いや、、。」
慌ててる俺を横目に至極穏やかに彼は言った。
「また来て下さいね。上條さん。」
やっぱり、似ている。
外に出ると、きれいに雨は上がっていた。
蝉がうるさいほどに、鳴いている。
俺は、出来たばかりの水たまりを除けながら、歩き始めた。
[newpage]
何にしようかな。
研究室で窓際に立って悩んでいると、突然、背中に体温と体重を感じた、と思ったら、左右の肩に腕がまわされて、後ろから抱きしめられた。
いつもの煙草の匂いもついてきた。
「、、、、教授。いつも言ってますよね。」
「ん?なーにが?おはよー上條。」
俺の肩に顔を乗せて挨拶らしきものをするのは、上司の宮城教授。
なぜ、なぜこの人は、いつもいつもこうなんだろうか。
「だから、離して下さい。」
「いいじゃーん。上條さー、気持ちいーんだって。」
俺の首筋に、顔をぐりぐりと押しつけてそんなことを言い始めた。
「ちょっと、本当にセクハラで訴えますよ。」
「なんだよーケチ。」
あ、そうだ。
「教授、相談したいことがあるんですけど、、。」
「何?何?」
抱きついたまま返事をされたのが気にはなったが、続けた。
「病院にお見舞いに持っていくものは、何がいいですかね?」
「誰か入院してんのか?」
「ちょっ、ちょっと教授、顔の横で話さないで下さい。」
「細かいことは気にするな。で、誰なんだ?」
「いつも行く古書店の店主です。偶然入院してることを知ったんで、お見舞いに行こうかと思って。何がいいですかね?」
「偶然知ったって、あれか、例の研修医の彼氏から聞いたのか?」
「な、違いますよ。いい加減離れて下さいっ!」
やっと教授の腕から離れた。
「留守の間、店番をしてるお孫さんから聞いたんですよ。」
「へえー。」
教授は煙草を出して火をつけ、俺の顔を見ながら煙を吐き出した。
「珍しいな。上條さあ、あんまりそういうことを店の人と話さないだろ。」
図星だ。俺は自分から話しかけたりはしない。なんで、わかるんだろう。
「その店番してる子、若いのか?」
「はい、高校生だそうです。」
「、、男の子、だろ?」
「そうですけど。なんでわかったんですか?」
教授は俺の顔を横目で見ながら煙草を吸っている。灰皿に灰を落とすと、紫煙とともに大きく息を吐いた。
「上條、本当にお前はなあ。」
「なんですか?あ、それより、お見舞いのことですよ。」
「そりゃあ、病状にもよるから、食べ物とかはやめとけ。無難なとこだと、花、だろうな。」
「花、ですか。」
いいかもしれない。帰りに花屋に寄って行こう。
[newpage]
俺は花屋と言ったらここしか知らないのか。
野分が長いことバイトしていた花屋は変わらない様子だった。店長さんも、元気そうだ。
前に来たのは、野分の留学の時だったか?
少し気後れしながら店内に入った。
「いらっしゃいませ〜。」
花を並べながら、顔を上げた店長が、あれっという顔で俺を見た。
「どうも、、。」ボソボソと言うと俺は頭を下げた。
「あ!そーだ、野分の!」
俺は顔から火が出そうになった。野分のって、何だよ。野分のって。
もう、、早く帰りたい。
「久しぶりですねー。野分は元気ですか?」
聞かないで欲しいとは思ったが、聞かれるとも思っていた。
「はい、毎日忙しくしてますけど、元気です。」
「そりゃあ、よかった。あ、今日はどうしたんですか?」
そうだ。お任せしたほうがいいのか。
「あの、お見舞いに花を持って行きたいんですけど、どんなのがいいんですかね?」
「そうですねー。女性ですか?男性ですか?」
「男性です。」
「でしたら、この辺の花を入れると病院向きですかね。それから、、」
よかった。俺は予算を伝えて作ってもらい、店を出た。
花を持って街中を歩くのは、少しばかり勇気がいる。まあ、でもお見舞い用だし、そんなに派手じゃないから、気にしないでおこう。
向かった病院は、野分の勤務先だった。真っ直ぐ入院病棟のほうへと向かう。
この病院は相変わらず忙しそうにスタッフが歩いている。エレベーターに乗り込むと、やけに俺の顔を見てくる看護師がいた。
もしかして、花を持っているせいなのか。作ってもらった花は、店長特製で割増しサービスだそうで、予算より豪華だった。
聞いたフロアで降りて、病室へと向かった。
「こんにちは。」
病室は大部屋で、似たような年齢の男の人が4人いた。
「あれ、上條さんじゃないですか。どうしたんですか?」
思ったよりも元気そうな様子にホッとしながら、部屋に入っていった。
「いや、入院しているって聞いたので、お見舞いに伺いました。」
そう言って花束を差し出した。
「こりゃあ、ありがとうございます。わざわざ、すみませんね。」
なんとなく困った様な顔をしているのに気がついた。
「あ、すみません。花はお嫌いでしたか?」
「いやー、違います違います。実は花瓶がないんですよ。私のところにお見舞いにくる人なんて、いないから。用意してなかったんですわ。」
「あ、、、。こちらこそ、気が利かなくてすみません。あの、持って帰ります、、。」
俺は慌てて渡した花を引っ込めようとした。
「いやいや、そんな、、あ、そうだ。」
そう言うとベッドサイドの棚から、携帯電話を出した。
「あっちでだと、使えるんで、すみませんが、ついて来て下さい。」
花を持ってついていくと、エレベーターホールのそばに、座れるようになっているロビーがあった。
「ちょっと座って待ってて下さい。」
そう言うと携帯電話の電源を入れ、電話をかけはじめた。
どうするんだろう。俺は、花束じゃなくて、最初から飾れるようなのにするんだった、と今さらな反省をしながら
周りを見渡していた。
「上條さん、お待たせしちゃって、すみません。」
電話を終えて、携帯電話をポケットに入れると俺から花束を受け取った。
「今から孫が、花瓶を持って来るから、少し待っててもらえますかね?」
「俺はかまいませんけど、あの、かえってすみませんでした、、。俺のせいで、わざわざ花瓶持ってくることになっちゃって、。」
「何を言ってるんですか。こんな私なんかのお見舞いに来てくれて、本当にありがとうございます。」
「いえ、俺の方こそいつもお世話になってるんで。あの、入院はどれくらいに?」
少し驚いた顔で俺を見た。
「そう言えば、入院していること、上條さんは誰から聞いたんですか?」
「あの、店番してたお孫さんからです。」
「ああ、秋人に会ったんですか。」
「アキヒト?!」
「ん、いや、孫の名前。秋人って言うんですわ。そうですか、あいつ、あんまり愛想よくないから、店番も心配してたんですけどねえ。上條さん、これからもよろしくお願いします。」
そう言って深々と頭を下げられた。俺は慌てて立ち上がると、頭を下げた。
「いや、こちらこそ、、」
「病状は、軽いんですよ。まあ歳が歳なんで、色々検査やらなんやらで、少し入院が長引いてしまいそうです。」
「そうなんですか?早く退院できるといいですね。」
それからは、前から探している本の話をしていると声が聞こえた。
「じいちゃん!」
「おお、来たか。」
エレベーターホールに、紙袋を下げた秋人君が、息を切らして立っていた。
[newpage]
「それでは。長居して、申し訳ありませんでした。お大事にして下さい。」
暇乞いをすると、エレベーターへ向かった。
「上條さん。」
後ろから呼ばれて振り返る。秋人君が小走りで来ていた。
「俺も帰るんで、よかったら途中まで、一緒にいいですか?」
「かまわないけど、おじいさんはいいのか?」
「早く帰って、店番しろって言われましたよ。」
「お元気そうで、本当によかった。」
ボタンを押して、エレベーターを待つ。
突然、秋人君が、直立不動の姿勢になったかと思うと、深くお辞儀をした。
「今日は本当にありがとうございました。」
驚いて、頭を上げさせようと伸ばした俺の手を取ると、両手で握りしめて、笑顔で言った。
「じいちゃん、嬉しそうでした。上條さんが来てくれたからです。本当に、ありがとうございます。」
チン。
エレベーターの止まる音がした。ドアが開く。中には背の高い白衣の人が立っていた。見慣れたその姿は、俺を見て固まっている。俺も思わず足が止まった。
「エレベーター来ましたよ。」そう言って秋人君が俺の手を引いて乗りこんだ。
「上條さん、今度、頼まれていた本が入荷したら連絡できるように、メアド教えて下さい。」
そう言う秋人君の言葉に俺が返事をしようとしたとき
「ヒロさん、今日はどうしたんですか?」
野分が、後ろから話しかけてきた。その声は、いつもより固く重い。俺は振り向いて返事をする。
「見舞いだ。」
それだけ言うと、秋人君の方へ向き直った。秋人君は、驚いた顔で、野分を見てから、俺に聞いてきた。
「この人、、知り合い?」
「ああ、こいつはな、俺の」
「草間野分って言います。ヒロさんとは、ルームシェアしてます。」
そう言うと野分はニッコリと笑った。
チン。
小児病棟のある3階にエレベーターが止まった。
「じゃあ、、。ヒロさん、また後で。」
先に降りて行った野分を秋人君が、じっと見ていた。
エレベーターのドアが閉まる。
「メアド、教えて下さい。上條さん。」
秋人君は、ドアを睨みつけるようにしながら、そう言った。
[newpage]
「ただいま」
誰もいないマンションに入るときも、言ってる自分が、たまに可笑しくなる。
どーせ、今日もいない。
いつも返事なんて聞こえてこない。俺たちは一緒に暮らしているけれど、お互いの仕事が忙しくて、二人きりで過ごす時間は皆無に等しい。それでも、二人で暮らしているこの部屋に黙って入りたくはなかった。
リビングの電気をつけて、ソファに座る。鞄から本を取り出しながら、スマホも出した。画面にメールの通知があるのに気がついて開く。
『今日はありがとうございました。また、店に来てください。 秋人』
短いメールだったが、なんだか嬉しくなって、返信した。
『こちらこそ、花瓶の件、すみませんでした。また、伺います。』
そのままテーブルに置いた。
俺は読みかけの本を広げると、読み始めた。
「ただいまです。」
玄関から野分の声が聞こえた。本から顔を上げて時計をみると、いつの間にかかなりの時間がたっていることに驚いた。
しまった。まだ風呂も洗ってない。俺は慌ててソファから立ち上がった。
「おかえり。悪ぃ、これから風呂洗うわ。」
野分の横を通り抜けて浴室へ向かおうとした俺の腕が、野分の手に掴まえられた。
「なんだよ。俺、風呂洗いたいんだけど。」
「ヒロさん。」
腕を引かれ、そのまま抱きすくめられた。
「おい、どうしたんだよ。野分、離せよ。」
「ヒロさん。」
野分は俺の頬に手を当てるとジッとみつめてきた。そのまま唇が塞がれる。
「んっ、、」
いきなり荒々しく舌を入れられて、頭の芯がぼうっとなりかかりながらも俺は自分の舌を野分の舌と絡めていく。互いの唾液を貪るように味わっていると、野分の手が後頭部にまわり、更に口づけが深まる。頭も手足も、ビリビリと痺れたようになってくる。
もうダメだ、、。
そう思ったとき、ようやく野分の唇が離れていった。膝が折れ、俺は、野分の首元に腕をかけてしがみつくように立つのがやっとだった。
「ヒロさん。」
崩れるように床に沈む俺を、野分はそのまま押し倒してくる。
「野分、、だから、風呂、、。」
「そんなのは、後でいいです。」
いつもより、獣じみた瞳で俺を見る。
「どうした?なんか、変だぞ。」
俺のシャツのボタンを外して胸元に顔を埋めながら、野分は唸るように言った。
「ヒロさんは、俺だけのものです。」
首筋にチリっと痛みを覚える。何度も何度も繰り返されるその痛みすら甘く感じて、嬉しくなる自分自身を持て余すように、俺は野分の首に腕をまわし、黒い髪の毛に指を絡め、掻き抱いた。
「野分、、。」
野分の匂いに包み込まれていく。
目で、耳で、鼻で、口で、指先で、身体中で野分を感じたい。俺は腕も脚も野分に絡めて、強く抱きしめた。
[newpage]
だるい。
昨晩は、結局風呂どころじゃなかった。気がついたら朝方で、慌ててシャワーだけを浴びた。
そのせいで、腰は重いし、身体のあちこちは痛いけれど、心はなんとなく満たされて軽くなっているのが、自分でも感じて、苦笑いした。
研究室の机の前で、今日の講義に使う資料を整理していると、後ろから抱きつかれた。
「上條ー。おーはーよー。」
「教授、、本当に、今日はやめて下さい。」
後ろから体重をかけられるのは腰に響く。俺は腰を庇いながら教授の腕を振りほどいた。
宮城教授は俺の姿勢を見ると、口角を上げて、目だけで笑った。煙草を出して咥えながら
「なーんだ、昨日は彼氏とラブラブだったのかあ。上條、良かったなー。」
と言った。
図星だっただけに、俺はその言葉を無視して、資料整理を続けた。
「そーいや、見舞いは行ったのか?」
「はい。」
「どうだった?」
「思ったより元気にしてて、よかったです。前から頼んでいた本のことも話せましたし。」
「頼んでるって言っても、入院してんだろ?どうするんだ?」
「それは秋人君が仕入れの方も手伝ってるそうなので、大丈夫みたいです。」
煙草の煙を吐きながら、教授が俺の顔を見ている。
「どうかしましたか?」
「アキヒト君って誰?もしかして、例の高校生か?」
「え?あ、そうです。お孫さんです。」
「ふーん。名前呼びになったんだー。いつの間にそんなに仲良くなったんだよ。」
「昨日、病院で会ったんですよ。それだけですけど。」
煙草の火を灰皿で揉み消すと、教授は突然、俺の頭をぽんぽんと叩いた。
「な、なんですか?」
「ん?上條、お前、気をつけろよ〜。」
そのまま髪の毛をくしゃくしゃとかき回してきた。
「え?何を言ってんですか。本当に、もう俺、授業なんで。」
俺は頭に乗せられた手を払うと、資料を手にした。研究室を出る前に壁の鏡を見て、髪の毛を整える。すると首元に赤い痕が見えているのに気がついて慌てた。ボタンを一つ上までしめると、急いで教室へと向かった。
[newpage]
まただ。
週末だというのに、窓の外は霧雨が降っていた。野分も仕事から帰ってきてない。こんな日は溜まってる本を読むに限る。ソファの前に本を積み上げた。キッチンで、コーヒーを淹れる。部屋にいい香りが広がる。俺はゆっくりと啜った。
静かだ。
こんな日は、無性に本が読みたくなる。
雨は音も無く降り続いている。
何時だろう。
夢中で読んでいるうちに、ソファの周りは本だらけになってしまっていた。
「ん、んー。」
両手を上げて、左手で右の肘を持つ。背中と腕が、パキパキといいそうなくらいに固まっている。そのまま背中も反らせて強張った身体を伸ばした。
テーブルの上のスマホに目をやると、通知がきていた。
野分?
開くと、秋人君からのメールだった。
『頼まれていた本が、入荷しました。いつでも取りに来て下さい。』
届いたのか?今日取りに行けると、来週使える。
俺は急いで返事を打った。
『連絡ありがとうございます。今から伺っても大丈夫ですか?』
打ち終わってテーブルに戻す前に返信がきた。
『大丈夫です。待っています。』
俺は立ち上がると、出かける準備を始めた。
傘の意味がないような、まとわりついてくる霧雨だった。古書店に着いた頃にはなんとなく、全身が湿気を帯びてしまっていた。
傘の水滴を払って傘立てに入れる。
引き戸を開けると、少し薄暗い店内には、人の気配がなかった。
店の奥に進んで行くと、板張りの間に座って本を読んでいる秋人君がいた。
「秋人君。」
呼びかけると静かに顔を上げた。
「上條さん、来てくれたんですね。」
俺を見るその目は、黒く光っている。
やっぱり似ている。野分と同じだ。真っ黒で、見つめられるとその奥に飲み込まれそうな瞳。
「濡れてますよ。ちょっと待ってて下さい。」
立ち上がると奥からタオルを持ってきてくれた。
「よかったら、これどうぞ。」
差し出されたタオルに伸ばした俺の手が、強く掴まれ、気がつくと俺の身体は、秋人君の胸元に引き寄せられていた。
「え?」
驚いて見上げると、そっと唇が重ねられた。
何?
驚いている間に、唇は離れていき、俺は強く抱きしめられた。
「俺、上條さんのことが好きなんです。」
抱きしめられたまま、耳元で囁かれた。
「何言って、」
「本気です。俺、本当に好きなんです。」
静まり返った店内に、古い柱時計が時を刻む音だけが聞こえる。
「初めて見たときから、上條さんのことばかり考えてるんです。」
熱い囁きが、耳朶に、頬に降ってくる。背中に伝わる腕からも熱が伝わってくる。重なっている胸から伝わる鼓動は、痛い位だ。だけど、
「ごめん。俺は君の気持ちには答えられない。」
そう言って、抱きしめられている腕を外した。
「どうしてですか?」
「いや、どうしてって。」
「年下だからですか?高校生のガキだからですか?」
真っ直ぐな目で聞いてくる彼に、嘘はつきたくなかった。
「俺にはつきあっている人がいる。だから、、」
「つきあっている人って、、もしかしてあの人ですか?」
不意に秋人君の声が低くなった。
「あの病院で会った人ですか?」
「え?」
「あの、ルームシェアしてるって人ですよね?」
「どうして、、。」
「どうして?わかりますよ。あの人の態度を見たら。でも、あんな人、やめたほうがいいです。今日だって、どうせ病院にいるんでしょ?上條さん、いつ見てもさみしそうだ。俺がいるじゃないですか。俺なら、絶対にそんな思いさせないのに。」
秋人君は、真っ黒な瞳を真っ直ぐに俺に向けてそう言った。
まるで、あの時の野分のようだ。俺には笑っていてほしいといった、野分のようだ。でも、あの時と違うのは、、。
「悪い。そんなやつだけど、やっぱり俺はあいつがいいんだよ。あいつじゃなきゃ、だめなんだ。」
「上條さん、、。」
「仕事ばっかりやってるようなやつだけど、俺はそんなとこも含めて、全部好きなんだよ。だから、、、ごめん。」
店を出たところで、メールが入った。
どうやら、今日は、野分と会えそうだ。
雨が強くなってきた。
鞄の中の本が気になって、コンビニの軒下で見てみると、ビニール袋と紙袋で二重に包んでくれていた。
本当、いい子だ。
俺は傘をさすと、雨の中、歩き始めた。
雨は嫌いだ。だけど、雨はいつも野分との思い出を連れてくる。
今年は雨が多いな。
空を仰ぎ見る。
もうすぐ、夏も終わる。
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